研究実績の概要 |
Hilbert保型形式に対するJacquet-Zagier型跡公式(パラメーター付き跡公式)を応用して, Hilbert保型形式の対称べきL関数の族の零点(low-lying zero)の分布を, 対称2次L関数の特殊値による重み付き分布の観点で考察した. そして, 零点の重み付き分布を明示的な線型汎関数で記述することができた. 重み因子の対称べきL関数の特殊値が中心値でない時は, 古典コンパクトLie群におけるランダム行列の固有値の分布と一致することが分かった. さらに重みが中心値の時は, 対称べきL関数が重み因子と同じく対称2次L関数の時に限り, 零点分布がランダム行列理論から生じない線型汎関数になることも分かった. 本研究では重みを対称2次L関数の1での値に特殊化することで, 重みがつかない通常の零点密度も復元することができる. 重みがつかない場合の結果は楕円モジュラー形式の場合にRicotta, Royer(2011)の結果があり, 本研究は彼らの結果のHilbert保型形式への一般化とみなせるし, 通常の密度と中心値の重み付き密度の間のパラメーターによる補完ともみなせる. low-lying zeroの重み付き分布の研究はKowalski, Saha, Tsimerman (2012)によるSiegel保型形式のスピノールL関数の場合の研究, およびKnightly, Reno (2019)による楕円モジュラー形式のスタンダードL関数の場合の研究があり, これらの先行研究と本研究で得られたHilbert保型形式の対称べきL関数の場合の成果を観察することで, L関数の族の重み付き零点分布に関する予想を提起することができた. その予想とは, 重みを付けない零点分布と重み付き零点分布が異なるという現象は, 重み因子がL関数の中心値の時に起こるだろう, というものである.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
GL(2)のJacquet-Zagier型跡公式と呼ばれるパラメーター付き跡公式を用いて, 対称べきL関数の零点(low-lying zero)の重みつき分布を与えたが, このような重み付き零点分布は知られている例がKowalski, Saha, Tsimermanの研究とKnightly, Renoの研究の2つしかなく, 一般にはL関数の族の重み付き零点分布とランダム行列の固有値の分布との関係も未知である. このような状況で, 本研究により重み付き零点分布の3つ目の例を与えたことは意義深い. 2つの先行研究では重み因子が中心値の場合しか扱われてないが, 本研究ではパラメーター付き跡公式の強みを生かし, 対称2次L関数の中心値だけでなく, 1/2から1の間の任意の実数における特殊値を重み因子として採用することができた. それによってL関数の特殊値の中でも中心値が特別なデータであることを見出し, L関数の中心値と零点の間の関係に関する問題提起もできた. L関数の中心値と零点の研究の相互発展として, 今後の展開が十分期待できる.
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今後の研究の推進方策 |
L関数の族の重み付き零点分布を具体的なL関数の族の場合に考察し, L関数の族のlow-lying zeroに関する重み付き密度予想の妥当性を検討する. 保型L関数を研究する上ではパラメーター付き跡公式を用いるのが有用だと思われる. GL(2)の正則保型形式の場合に成果を出すことができたので, 今後はGL(n)のスタンダードL関数の重み付き零点分布について考察する. 跡公式を使わないという観点で容易と思われる対象として, Dirichlet L関数(GL(1)の保型表現のL関数)の族の重み付き零点分布も考察し, 重み付き零点分布の予想に関する傍証を得ることを目指す. また, 当初視野に入れていたパラメーター付き跡公式の研究もまずはユニタリー群の場合から取り組み, これをユニタリー群の保型L関数の零点分布へ応用することも検討する.
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次年度使用額が生じた理由 |
国内および海外への出張による研究発表・研究討議を計画していたが, 新型コロナウイルスの蔓延により脆くも崩れ去った. 今後はオンライン研究集会に対応するべく, 電子機器を揃えることに使用する予定である. 研究に必要な書籍の購入もおこなう予定である. 出張ができるような社会情勢になることを期待し, 国内・海外の研究集会での研究発表・研究討議をおこなうことも計画している.
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