本年度は,古典的または第一原理分子動力学シミュレーションに基づき,物質の変形,破壊,構造変化,拡散などの非平衡現象の原子論的機構について調査した.本年度の実施成果を以下に記す. (1) 半導体でありながら金属のような延性を示す硫化銀の剪断変形機構に関する計算を実施した.前年度までの結果を踏まえ,剪断ひずみ速度を落として更に詳細な第一原理分子動力学シミュレーションを行った結果,全方向に対する単純剪断変形において構造回復機構が生じうることを見出した.さらに,古典的分子動力学法に基づき,70万原子以上の大規模系に対しても同様の延性変形機構が生じうることを示した.また,本シミュレーションで用いた手法をマグネシウムケイ酸塩に適用することで,下部マントル環境におけるウォズリアイトの構造変化機構についても調査を行っている. (2) 脂肪酸により表面修飾を施した炭酸カルシウム表面近傍における水分子拡散の微視的機構に関する計算を実施した.第一原理分子動力学シミュレーションの結果に基づき,一部のステアリン酸分子が親水基を外に向けて二層構造を形成している吸着構造モデルを提案した.加えて,カルサイト表面の凹凸構造が表面近傍における水の拡散性に強く影響を及ぼしている可能性を見出した.これらの結果に基づき,現在は古典的分子動力学法による大規模系に対して更に詳細な調査を実施している. (3) 単層遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)の成長機構および片側のカルコゲン元素を置換したJanus TMDCの合成機構に関する計算を実施した.二硫化タングステン成長のリアクタ内環境における硫黄原子拡散の性質を第一原理電子状態計算に基づき明らかにした.加えて,Janus TMDC合成に関して,表面カルコゲン元素を置換する過程で出現する中間構造の電子状態,ラマンスペクトル,および固有振動モードを明らかにした.
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