研究課題/領域番号 |
20K14383
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
中川 大也 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 助教 (90802976)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 冷却原子気体 / 開放量子系 / 強相関系 / 可積分系 / 超流動 / エルゴード性 / 冷却分子 |
研究実績の概要 |
本研究課題では、冷却原子気体において実験的に実現される開放量子多体系を記述する理論を発展させることを目的としている。2021年度には、主に次の3つの研究を行った。 (1)冷却原子気体で実現されるN成分Fermi-Hubbard模型の任意の空間次元における厳密な固有状態を構成した。この固有状態は2成分Hubbard模型におけるηペアリング状態の多成分系への一般化であるが、2成分系と異なり磁気秩序と非対角長距離秩序が共存するという興味深い性質を持つ。この固有状態は近年活発に議論されている量子多体傷跡状態と見なすことができ、今回の結果は3成分以上のFermi-Hubbard模型においてエルゴード性が弱く破れていることを示している。さらに、非弾性衝突などによる散逸の存在下で、このようなエルゴード性の弱い破れに起因する熱平衡化の破れが自然に観測できることを示した。 (2)非弾性衝突による散逸下の2成分ボソン系で実現される1次元非エルミートXXZ模型の厳密解をBethe仮設法によって求め、散逸下における朝永-Luttinger液体の普遍的性質を検証した。特に、エネルギースペクトルへの有限サイズ補正から、複素数に拡張された朝永-Luttingerパラメータの厳密な表式を求めた。さらに、厳密解の結果を共同研究者の場の理論による相関関数の計算および密度行列くりこみ群による数値計算と比較することで、1次元非エルミートXXZ模型の定常状態が複素朝永-Luttingerパラメータを持つ拡張された朝永-Luttinger液体理論によって記述されることを定量的に確かめた。 (3)冷却分子の系においては、化学反応による分子のロスが重要な課題となっている。光格子中の極性分子のダイナミクスの計算から、分子ロスによる散逸と双極子相互作用の効果により準安定な強磁性クラスター状態が形成されることを見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度の成果の中心的なものは多成分Hubbard模型の厳密な固有状態の構成であるが、これは前年度に行ったηペアリング状態の研究に触発されたものである。結果として、多成分Hubbard模型という基本的かつ実験的にも重要な例について、エルゴード性の破れという統計力学の基礎とも関わる成果を得ることができた。さらに、前年度までに行ってきた散逸下のHubbard模型の研究で得た知見を活用することで、散逸による熱平衡化の破れという興味深い現象を見出すことができた。 一方、当初計画していた開放量子多体系の厳密解の研究についても、今年度は1次元非エルミートXXZ模型を中心に研究を進めた。結果として、散逸によって量子臨界現象の普遍性クラスがどのように変更を受けるかを定量的に明らかにすることができた。 さらに、今年度は研究対象を冷却原子から冷却分子へと広げた研究も行った。結果として、準安定な強磁性クラスター状態の形成という、短距離相互作用する原子系では現れない、長距離相互作用する分子系特有の現象を見出すことができた。冷却分子系においては分子ロスによる散逸は多くの場合避けがたいものであるため、今回得られた成果は散逸の存在下で冷却分子を量子シミュレーションへ応用する上で重要なものであると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
Bethe仮設を用いた開放量子多体系の厳密解の研究については、今年度に行った1次元非エルミートXXZ模型の研究を引き続き進める。特に、今年度は量子臨界領域に焦点を絞って研究を行ったため、その他のパラメータ領域についても厳密解を導出し、散逸下のXXZ模型の相図の全体像を探る。また、前年度からの課題である開放系における超流動の基礎理論の構築にも着手したい。加えて、開放量子多体系に関連した統計力学や量子測定理論・量子フィードバック制御といった周辺分野との接点についても積極的に検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナウィルス禍の影響により、今年度も国内・海外ともに出張を行うことができず旅費が使用できなかったため次年度使用額が生じた。次年度は国内・海外の状況を勘案しつつ会議や研究会への出張を行う予定である。
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