研究実績の概要 |
本研究は等核2原子分子であるSi2-の遅延電子脱離過程の観測と遅延電子脱離過程から存在が予測されるポアンカレけい光(内部転換・逆内部転換に伴う遅延けい光過程)の放出機構の解明に向けて始動した.しかし,研究が進展するにつれ,Si2-の遅延電子脱離過程はポアンカレけい光によるものではなく,内部転換や逆内部転換を経由していないけい光放出の時定数が低いことが原因であると判明した.そこで,今年度は,Si2-よりも状態数が多く内部転換が起きているだろう3原子分子Si3-を対象とした研究と多原子分子でも振動・回転遷移が判別できる環境を整えることに成功した今後を見据えてペンタセン負イオンの研究を行った. 本研究では静電型イオン蓄積リングと波長可変レーザーを用いて,各イオンの振動・回転スペクトルや遅延電子脱離過程の時定数の波長依存性や蓄積時間依存性の測定を行った.レーザーアブレーション法で生成された分子イオンの内部温度は数1000 K以上になるがリング内に蓄積された後に赤外線放出により蓄積時間の経過に伴い冷却されていく.Si3-においてこの冷却効果に期待したが,バッファーガスなどで冷却せずにイオン蓄積リングに入射しても,回転スペクトルを測定することは難しいことがわかった.ただし,Si3-の遅延電子脱離過程の観測に成功し,各振動状態の時定数を得ることができたので,今後の可能性を拡げることができた.ペンタセン負イオンでは,上記の冷却機構を実装できた今後に向けて,内部転換を経た遅延電子脱離過程の時定数の蓄積時間依存性の測定と状態密度のバランス理論を用いた理論計算コードの開発およびそのコードを用いて実験結果のシミュレーションを行うことで,ペンタセン負イオンの反応速度定数を得た. この成果は国際雑誌Physical Review Aからeditor’s suggestionsに選ばれ出版された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の進展により,Si2-ではポアンカレけい光が起きていないことが明らかとなり,別のアプローチを行う必要があることが判明した.そこで,今年度はポアンカレけい光の放出機構解明への可能性を模索するために,Si3-や多原子分子負イオンを用いた研究を行った.Si3-にも遅延電子脱離過程が存在することを確認でき,多原子分子負イオンのポアンカレけい光を経た遅延電子脱離過程の測定と理論計算を行った.当初予定した研究方針ではうまくいかないことが判明したが,今後を見据えた研究を遂行し良い結果が得られたのでおおむね順調に進展していると考えている.
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今後の研究の推進方策 |
ポアンカレけい光を解明するためには,レーザーアブレーションで生成された高温多原子分子負イオンを冷却する必要がある.このため,今後の研究では,静電型イオン蓄積リングに冷却機構を実装するために設計開発を行うとともに,ポアンカレけい光が確実に起きている多原子分子で研究を遂行する.
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