研究課題/領域番号 |
20K14404
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
栗原 綾佑 東京大学, 物性研究所, 特任研究員 (00795114)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 電子ネマティック / 超音波 / 強磁場 / 重い電子系 / 結晶対称性の破れ / 電気四極子 / 多極子秩序 / p-f混成 |
研究実績の概要 |
CeRhIn5の基底状態や励起状態はクラマース2重項であり低温で反強磁性秩序が現れるが,高次の多極子秩序は示さない.他方,磁場中での電気抵抗のxy面内異方性の発現やフェルミ面の変形が観測され,結晶の対称性に比べて電子系の対称性が顕著に低下する電子ネマティック(EN)相の実現と,二次元面内でのCeの4f電子軌道とInの5p電子軌道との混成の重要性が指摘された. 本研究では,最大60 Tまでの磁場を発生できる非破壊型パルスマグネットと超音波計測を用いて,CeRhIn5のEN秩序の秩序変数が電気四極子Ov=x2-y2であり,B1g対称性の破れとして記述できることを解明した.また,電気四極子と歪みの結合に由来し,電子系のみならず結晶対称性の破れが同時に起こることを解明した.計画遂行のために2019年度中に予備実験を進めており,成果は2020年3月に学術論文として出版するに至った. また,系統物質であり反強磁性秩序を示さず遍歴的な電子状態をもつCeIrIn5においても磁場誘起のEN秩序の可能性を調べた. この結果,60 Tまでの磁場領域では特定の既約表現で記述される対称性の破れは見られなかった.他方,従来の研究で提案されていたLifshitz転移に対応する明瞭な弾性異常を観測した. また,EN秩序に対する4f電子の寄与を調べるため,4f電子を含まないLaRhIn5を測定した.測定の結果,60 Tまでの範囲内でEN秩序を示唆するような弾性異常は見られず,EN秩序への4f電子の寄与を確認できた. さらに,磁場誘起の伝導電子と4f電子の混成の知見を得るため,当初の予定にはない近藤絶縁体YbB12の超音波実験を遂行した.その結果,磁場により価数揺らぎが増強され混成効果が強くなることが分かった.この知見はCeTIn5の理解を助けると考えられる.また成果を学術論文としてまとめ2021年3月に出版された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究計画は,(1). CeTIn5 とLaTIn5 (T = Rh, Ir, Co)の強磁場超音波測定と(2). 磁場角度回転プローブの製作と12bitオシロスコープによる高分解能超音波計測システムの開発による電子ネマティック秩序に寄与するフェルミ面の決定,および(3). p-f混成状態と四極子応答の計算から,(4). p-f混成に由来する電子ネマティック秩序の対称性の破れと電気四極子秩序を検証するものである. (1)については,CeRhIn5, CeIrIn5, LaRhIn5の試料育成と超音波測定を終えており,おおむね順調であると考えられる.特に,CeRhIn5については研究成果を学術論文として出版済みであり,進歩を客観的にも認められるものである. (2)については,回転プローブの設計および部品選定・発注が住んでおり,作成段階に至っている.12bitオシロスコープによる高分解能超音波計測法の開発について,データ処理ソフトウェアIgorを用いてLeCroy社製オシロスコープの制御に成功している.他方,位相検波プログラムの作成は未完であり,今後の課題となっている.しかしながら,当初の計画に反して,現在強磁場超音波測定に用いている8bitオシロスコープでも十分な音響的dHvA振動が観測できているため,研究計画の進展を妨げるようなことにはなっていない. (3)については,Julia言語を用いて4f電子の結晶場準位を計算するプログラムの製作が完了した.他方,5p電子との混成軌道を計算するには至っておらず,今後の課題となっている. 加えて,当初の研究計画にはなかったものの,近藤絶縁体YbB12の超音波実験から磁場によって価数揺らぎが増強され混成効果が強くなるという結果が得られた.これは,CeTIn5での磁場誘起のp-f混成の理解につながる重要な進歩と言える.
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今後の研究の推進方策 |
CeRhIn5のEN秩序が明らかになった一方で,CeIrIn5ではlifshitz転移に伴う弾性異常を観測した.この起源解明のため,転移前後でのフェルミ面の観測が重要である.また,CeIrIn5のLifshitz転移への4f電子の寄与を示すため,LaIrIn5の超音波測定が必須である.また,RCoIn5(R = Ce, La)でのEN秩序の可能性が未検証である. これらの前年度未遂行の研究計画を進めるため,(1). CeCoIn5,LaCoIn5,LaIrIn5の合成および超音波測定,(2). 回転プローブの完成と12bitオシロスコープ用位相検波プログラムの作成,および音響的de Haas-van Alphen振動によるフェルミ面の観測,(3). p-f混成波動関数と四極子応答について引き続き研究を遂行する. (1)については新潟大学の摂待・広瀬グループの協力の下進めるが,近年の世界的情勢のため場合によっては完全に委託する可能性がある. (2)について,現状では12bitオシロスコープは必須ではないため,回転プローブの作成に注力し実験を進める.他方,2021/04/20時点でCeRhIn5の磁場角度回転強磁場超音波測定の論文が他グループから出版されていることから,CeIrIn5の実験を優先的に進める.(3)については,Slater-Koster理論に基づきp-f混成軌道の計算をすすめ,四極子の行列用をを求める.さらに,tight-bindモデルの範囲内で結晶を歪ませた場合のフェルミ面を計算することで,EN転移に寄与するフェルミ面を突き止める.
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の研究計画では,LeCroy社製デジタルストレージオシロスコープ用の拡張メモリを購入し,パルス強磁場用の超音波計測システムを構築する予定であった.しかし,計測アルゴリズムの見直しにより,標準搭載のメモリの範囲内でパルス強磁場超音波測定が可能となり,購入を見送った.見送ったことにより発生した費用は,高周波測定用の高速アンプ購入費用に充てたが,さらなる剰余金に関しては21年度に超音波用の標準信号発生器の購入とパルス信号発生器の購入に充てる予定である.これら2台の装置は,高分解能超音波計測の確立に必須である. また,20年度の世界的情勢により,出張計画の中止等があり,剰余金が発生している.20年度の出張が滞っている分,21年度の出張は増えると予想されるため,剰余金はこれに充てる予定である.
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