研究課題/領域番号 |
20K14410
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
大池 広志 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 助教 (70725283)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | トポロジー / 磁性 / スキルミオン / ホール効果 / 熱電効果 / 相転移 / 非平衡現象 / 準安定 |
研究実績の概要 |
本研究課題では、トポロジーと熱ゆらぎの協奏によって生まれる現象を探索するために、磁気スキルミオンと伝導電子の相互作用によって生じる創発磁場に着目した。伝導電子は、そのスピンの向きを局所スピンの向きと揃えながら運動すると、位置に依存した位相(ベリー位相)を獲得する。磁気スキルミオンのように特殊なトポロジーを有する磁気構造の存在下では、ベリー位相に起因して、伝導電子はあたかも磁場中に存在するかのように運動する。この仮想的な磁場は創発磁場と呼ばれており、通常の磁場と同様に、電流(熱流)と垂直方向に起電力を発生させるホール効果(ネルンスト効果)の起源となることが知られている。しかし、有限温度の物質中においては、不完全なスピン偏極やスピン反転を伴う散乱の存在により、創発磁場は通常の磁場とは異なる特徴を持つことが予測される。 初年度は、創発磁場に対する熱ゆらぎの効果を明らかにするために、カイラル磁性体MnSiを対象物質として創発磁場に由来するホール効果とネルンスト効果の温度依存性を調べた。観測されたホール係数とネルンスト係数を創発磁場に由来する成分と通常の磁場に由来する成分に分離し、これらを比較することにより、創発磁場の大きさを見積もることができる。すると、ホール効果から見積もられる創発磁場の大きさが、ネルンスト効果から見積もられる創発磁場の大きさとは異なる温度依存性を示すことが明らかになった。このような温度依存性の違いは、創発磁場が通常の磁場とは異なる性質を持つことを意味しており、不完全なスピン偏極やスピン反転を伴う伝導電子の散乱がトポロジカルな伝導現象に影響を及ぼしていることを示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
初年度は、カイラル磁性体MnSiの磁気スキルミオン状態におけるネルンスト効果を調べることを計画していた。MnSiおいて磁気スキルミオンが最安定状態になる温度範囲は27-29Kのみであるが、急冷を用いることでより低温において磁気スキルミオンを準安定状態として保持できることが明らかになっている。そこで、広い温度範囲で磁気スキルミオン由来の伝導現象を観測するために、100 K/sec程度の急冷が可能な温度制御系にネルンスト効果の測定系を組み込んだ。これにより、準安定磁気スキルミオン状態におけるネルンスト効果の測定を可能にした。 ネルンスト係数は温度勾配に比例して発生する起電力であるため、起電力の温度勾配依存性の測定を行った。すると、準安定磁気スキルミオン状態においては、温度勾配が大きくなると起電力と温度勾配の比例関係が破れることが見出された。この起電力の非線形性は不可逆な変化を伴っており、MnSiの磁気構造が熱流によって準安定磁気スキルミオン状態から最安定のコニカル状態へと変化していること示唆している。 このように、急冷下におけるネルンスト効果の観測に加え、熱流による磁気トポロジーの制御法の発見を示唆する結果が得られたという点で、計画以上の進展があったと言える。
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今後の研究の推進方策 |
初年度の研究で、創発磁場が通常の磁場と異なる性質を持つことが示されたが、今後は以下の方針でその起源を追究する。上述の通り、起源として考えられるのは不完全なスピン偏極やスピン反転を伴う伝導電子の散乱である。しかし、熱ゆらぎはスピン偏極と伝導電子の散乱確率の両方に影響を与えるため、温度依存性の測定だけではこれらの寄与を分離することができなかった。そこで今後は、MnSiに不純物を添加することにより伝導電子の散乱頻度を増加させ、ホール効果とネルンスト効果の測定を行うことを計画している。創発磁場と通常の磁場の相違が伝導電子の散乱に起因する場合は、不純物の添加によりその相違がより顕著になることが予測される。一方で、創発磁場と通常の磁場の相違が不完全なスピン偏極に起因する場合は、不純物の添加にあまり依存しない結果が予測される。 このような実験による検証に加え、実験結果を第一原理計算から予測されるホール係数/ネルンスト係数の値と比較することを計画している。自由電子近似の下では創発磁場由来のホール係数と伝導電子のスピン偏極率は比例関係にあるが、実際の物質中では様々な速度の伝導電子が混在するため、この比例関係が破れ得る。第一原理計算を用いると、物質に依存した伝導電子の速度分布を考慮してホール係数を計算することができるため、スピン偏極と測定結果の関係をより精密に予測することができる。 以上のように、熱ゆらぎが創発磁場に与える影響とその機構を明らかにすることを計画している。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、参加を予定していた日本物理学会がオンライン方式での開催になったため、旅費として計上していた予算から次年度使用額が生じた。次年度は、計測器や通信機器を追加で導入して遠隔で可能な実験の操作を増やすことで、実験室内での人との接触を減らし、新型コロナウイルス感染症の拡大防止の対策を行う予定である。
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