研究課題/領域番号 |
20K14415
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
川上 拓人 大阪大学, 理学研究科, 助教 (00750895)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | グラフェンナノリボン / 磁壁 |
研究実績の概要 |
令和3年度は、グラフェンナノリボンの磁気秩序構造に対するキャリアドープの影響について研究を推進した。ナノリボン系は、リボンの単位胞に多数の格子点を持つため、典型的な多バンドの擬1次元系として理解することができる。さらに、ジグザグ型エッジ構造を持つグラフェンナノリボンでは、トポロジカルな起源から, フェルミ面近傍に平坦な分散関係を持つ電子状態が現れること知られている。そしてここに電子間相互作用を考慮すると、平坦バンドが不安定になり、磁気秩序を形成する。特に電荷中性な系では、リボンの2つのエッジが反対方向にスピン偏極した、反強磁性秩序がエネルギー的に安定となることが知られている。これは、磁気秩序によって生じたエネルギーギャップ中にフェルミエネルギーが存在するためである。しかしキャリアドープし、フェルミエネルギーが伝導帯あるいは価電子帯に存在する場合にどのような秩序構造が現れるかは知られていない。
そこで本研究ではまず、最も幅の細いポリアセンに着目し、キャリアドープによってどのような秩序が現れるかを調べた。方法として、Hartree-Fock 型の平均場近似を用い、数値解析によって平均場と電子状態を自己無撞着に決定した。その結果、リボン方向に一様な反強磁性秩序はキャリアドープによって不安定化し、反対向きにスピン偏極した反強磁性状態を隔てる形で磁壁構造が自発的に形成されることが判明した。そして、このような構造が安定となる理由は, 磁壁が束縛状態を形成し、ドープされたキャリアを格納することができるためであることが分かった。さらにディラック電子の質量の符号反転の問題にマップすることで、束縛状態のトポロジカルな起源を明らかにした。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
グラフェンの電子状態に関する解析をすすめる中で、当初予想していなかった非自明な磁壁構造が現れることに気づき、その解析をすすめることができた。まずは最も単純な構造であるポリアセンに着目したが、リボンが細すぎる場合には特有の問題があることも判明したため、誌上発表までに至らなかったのは反省点である。一方、より一般の幅を持ったグラフェンナノリボンにも拡張可能な数値解析プログラムの開発が進んでおり、磁気構造の安定性などのデータを効率よく集める準備も整っているので、以下に記載する方針でさらなる進展が見込まれる。
|
今後の研究の推進方策 |
今後、ポリアセンについて得られた上述の理論を応用することで、より典型的な幅のあるグラフェンナノリボンの一般的な性質を探索する。上述したように、ポリアセンはドープしたグラフェンナノリボンのトポロジカルな性質を理解するための良いスタート地点を与える。しかし、この物質は原子スケールの極めて細いリボンであるために、量子ゆらぎの効果が大きく、実際の物質で反強磁性のような長距離秩序が生じるかは非自明であるという問題点がある。一方、電荷中性のグラフェンナノリボンは、幅が太くなるにつれて長距離の磁気秩序が回復することが知られている。それに伴って磁壁にどのような違いが現れるかは非自明な問題である。
現在、予備解析により、幅の太いグラフェンナノリボンのエッジ状態の有効連続体模型が、高次の分散関係を持つディラック型のハミルトニアンで記述できることが判明しつつある。そして幅が広いリボンで磁壁が形成され、高次ディラック電子に質量の符号反転が起きると、幅に応じた数の束縛状態が現れることも分かってきている。今後はこれらの状況についても磁気構造の自己無撞着解析を実施し、磁気構造の安定性を解析する予定である。さらに、これまでの研究では、鏡映対称性によって守られた共線性の磁気構造のみを扱ってきたが, スピンの回転を伴う非共線性まで含めた磁気構造の安定性の検討も必要である。それを実現するために、数値解析プログラムをさらに拡張し、非制限Hartree-Fock 法による解析を実施する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルス感染症の影響の長期化により、予定していた国内外の出張ができなかったため次年度使用額が生じた。これらは次年度以降の出張滞在費として、効果的に使用する。
|