研究実績の概要 |
本研究課題の目的は、スピン物性の光デザイン・レーザー制御理論を構築し、光学的スピントロニクスの基礎学理を構築することである。巨視的磁化を有する強磁性体では古典力学的な磁気双極子相互作用が支配的となるため、GHz程度のマグノンしか励起できない。一方、反強磁性・フェリ磁性体では量子力学的なスピン交換相互作用が支配的となり、THz領域・以上のマグノンを励起させる事が可能であるため、超高速スピントロニクス技術の絶好の舞台となることが期待される [T. Oka and S. Kitamura, Annu. Rev. Condens. Matter Phys. 10, 387 (2019)]。 本年度は、研究協力者の高吉慎太郎氏 [甲南大学准教授:MPI-PKS]らのレーザー誘起磁化過程 [S. Takayoshi et al., Phys. Rev. B 90, 085150 (2014): Phys. Rev. B 90, 214413 (2014)]に関する研究知見を三次元フェリ磁性絶縁体に応用し、円偏光レーザー磁場による非平衡マグノン凝縮体の生成機構を微視的に解明する事に成功した。特に、これまで現象論的に導入されていた非平衡スピン化学ポテンシャルを微視的に導出することに成功した。さらに、従来のレーザー誘起磁化過程「逆ファラデー効果」との違いを、有効磁場「光学的Barnett磁場」の観点から整理・再考した [cf., A. Rebei and J. Hohlfeld, Phys. Lett. A 372, 1915 (2008): J. Appl. Phys. 103, 07B118 (2008)]。 Mermin-Wagnerの定理が示す通り、低次元スピン系では量子ゆらぎが強いため、マグノン描像が成立しない。そのため、上記の巨視的量子現象はスピン鎖では不可能である。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究により、光学的スピントロニクスの基礎学理は充実してきた。今後の展開としては、2つの方向性を下記の通り考えている。一つは、光学的マグノンBarnett効果を活用した巨視的量子輸送現象の理論を構築し、理論的基盤を一層拡充させることである。マグノンというBose粒子系に特有の巨視的量子干渉効果を活用することで、超高速スピントロニクス技術への応用が期待できる。さらに、Barnett効果と相互関係にあるEinstein-de Haas効果の光学版に相当する現象の理論的提案、及びその微視的理論の構築も、発展研究として計画している。 もう一つは、実験家との連携である。所属グループの実験家は、Barnett効果の物理について深い知識と経験を有している。既に従来の力学的回転によるBarnett磁場のNMR測定・観測に成功している。こうした研究ノウハウを活用し、本研究課題が提案する光学的Barnett磁場の観測を達成したいと考える。観測に向け、既に本科研費を用いてレーザー発振器を購入済である。現時点では、反強磁性絶縁体が一つの有力な舞台になると期待している。反強磁性絶縁体では量子力学的な相互作用であるスピン交換相互作用が支配的となるため、反強磁性絶縁体にとって典型的な周波数は、核スピン系にとってははるかに高周波の非断熱極限に相当する。その結果、核スピン系(NMR測定系)がレーザーから直接うける光学的Barnett磁場は非常に小さくなるため、反強磁性絶縁体に作用する光学的Barnett磁場をNMR測定することができると期待できる。今後、先行研究実験 [S. K. Lee et al., PRL 96, 257601 (2006)]も参考にし、所属グループの実験家と更に議論を深めながら、上記の観測を短期的のみならず、中長期的研究として推進していく方針である。
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