研究課題/領域番号 |
20K14424
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
舘野 道雄 東京大学, 大学院総合文化研究科, 特任助教 (20868468)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 多細胞シミュレーション / 細胞極性 / 反応拡散系 / 相分離 / Phase field 法 |
研究実績の概要 |
今年度は多細胞モデルの開発および細胞極性モデルに関する解析を行った。 任意形状の細胞を記述可能な数理的枠組みとして、Phase Field法を採用した。本モデルの1細胞系における有効性は、飢餓状態における細胞性粘菌の動態を例に、共同研究グループにより既に示されている(Taniguchi, et al., PNAS, 2012)。実施者は、本手法をGPU並列化し、さらに細胞の形状に合わせて計算領域を動的に更新させるなど、アルゴリズムの改良を行った。その結果、細胞内の化学場のダイナミクス、細胞の構造変化の詳細から、組織の動態までを捕捉した、数百細胞のオーダーでの多細胞シミュレーションを数日程度で実行することが可能となった。また、本アルゴリズムのひな型となったコロイドの流体力学シミュレーションに関して論文が出版された。 並行して、上の手法で用いられている細胞極性モデル(質量保存型の反応拡散系, MCRD)に関して解析を行った。通常反応拡散系では、初期時刻に発達する不安定モードが最終的なパターンのサイズを決定するが、MCRDはこの傾向に従わずパターンが粗大化する。この挙動は相分離系の粗大化と類似しているが、相分離系とは異なりMCRDにおいては変分形式が一般には存在しないこともあり、粗大化の起源は未解明問題となっている。我々は、既存研究のほとんどが1次元系に限られていることを踏まえ、2・3次元における大規模シミュレーションを行い粗大化過程を詳細に解析した。その結果、液滴状のパターンがヤング・ラプラス則を満たし蒸発・凝縮機構に従い粗大化することが分かった。さらにMCRDの基礎方程式から界面張力に似た量を導き、これが上の諸法則と整合することを確認した。以上の結果(論文査読中)はMCRDにおける界面張力の存在を示唆するものであり、化学反応による分子の自己組織化の理解に貢献するものと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題の目的は、細胞内の化学場や単一細胞の動態から、組織レベルでの集団運動にわたる多階層シミュレーションを確立することにある。今年度の研究により、既存の一細胞モデルを100細胞オーダーの多細胞モデルにまで拡張することができたことから、研究計画は順調に進んでいるといえる。しかしながら、最終目標である組織レベルの動態・物性を捉えるためには、1000細胞程度の規模まで拡大することが望ましい。さらなるシミュレーションの高速化、大規模化は次年度以降の課題としたい。また、多細胞モデルのひな型となっている、Phase Field 法を用いたコロイドの凝集関する研究成果が出版された。 上記の先行研究で用いられていた細胞極性の連続体モデル(MCRD)と、実施者がこれまでメインに研究をしていた相分離系の間に予期せぬ強い関わりがあることが、今年度の研究で明らかとなった。実施者は、これまでに培った熱平衡相転移の解析手法をMCRDにおける粗大化に応用することで、他の研究(主に非線形科学・力学系の解析手法に基づく)とは異なる理解を与えることに成功した。具体的には、界面張力に類似した量を導入することにより、MCRDにおける粗大化ダイナミクスを相分離のそれとパラレルに理解できることを示した。このような研究トピックは研究開始当初は想定しておらず、研究計画には含まれていないが、この先の発展性を鑑みて、主要な研究題目として継続する予定である。なお、本成果は現在国際誌で査読中である。
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今後の研究の推進方策 |
任意形状を記述可能な多細胞シミュレーションでは、計算コストが最大の懸念事項であったが、プログラムの並列化・アルゴリズムの改良により、この問題は解消されつつある。従って、今後は細胞モデルの精緻化や具体的な現象への適用に取り組む予定である。まず Cell Vertex Model をはじめとする離散モデルと、我々のモデルの対応を確かめる。具体的には、我々のモデルにおける細胞の張力・細胞間の接着力を変えることで、離散モデルのモデル定数がどのように変化するかを考える。次に、上皮細胞の固化・流動化(ジャミング転移)現象や、細胞性粘菌に見られる渦上の集団運動や細胞選別現象といった具体的な現象に本モデルを適用することを計画している。 質量保存型の反応拡散系(MCRD)について、今回界面張力に類似した量が現れることが明らかとなったが、この物理的な意味は不透明なままである。MCRDは詳細つり合い条件を破っており、エネルギー変分関数は一般に存在しないため、この「界面張力」を相転移現象の動的モデルと同様にエネルギー的に解釈することはできない。実施者は、ブラウン動力学法と event-driven 法をハイブリットさせた反応拡散系の粒子モデル(Donev, et al., JCP, 2018)をMCRDに適用することにより、MCRDにおける「界面張力」の物理的な意味に迫れるのではないか、と考えている。具体的には、粒子の位置や化学反応の履歴を追跡することにより、エントロピーや化学反応に伴う熱の収支を統計的に勘定したり、2相共存条件やレバー則などを検討することにより、「界面張力」の物理的解釈のヒントを得ることを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究会、学会がオンライン開催になったことで、旅費を使用しなかったため。次年度使用額と次年度の助成金と合わせて、GPUの購入を予定している。
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