今年度は主に、LHC加速器の第3期運転にともなう陽子-陽子衝突データ収集のためのシリコンマイクロストリップ検出器(SCT)運転と、ヒッグス粒子とcクォークの湯川結合定数の検証のための実験データ解析の論文出版に向けた最終準備を行った。 前年度に本格運用を始めたSCTの性能監視システムは年間を通してよく働き、取得したデータのうち物理解析に用いることのできる質の高いデータの割合は99.7%となった。問題の兆候を事前に察知し、運転チームが即座に対応できることを目的としたシステム開発は十分成功したと言える。また、この良質なデータを用いることで当研究課題の発展的な研究に貢献することができた。 同時並行で進めたcクォーク湯川結合定数の検証の物理解析は順調に進んだ。前年度までに開発した機械学習を用いた背景事象の推定方法を用いた結果を公表するためのATLAS実験内レビューの最終段階にある。残念ながら研究期間内での論文公表に至らなかったが、本研究課題の成果の一部として2024年中に結果を公表する予定である。 当研究課題で進めた、検出器の性能を最大化する性能監視システムは、大規模実験内の検出器サブシステムグループの垣根を超えたあらゆる情報をデータベース化するという新たな発想で開発したものである。これは、将来の実験においても同様の技術を用いて検出器の運転を効率化し、性能を最大化する基礎となる重要な成果となった。 また、物理解析に新たに導入した機械学習を用いる背景事象の推定法は、これまでの研究では系統誤差が大きく実用化できなかった困難を解決した末に導入できた。こちらも、ヒッグス粒子の物理だけでなく、より大統計化する今後のあらゆる物理解析において必須となる技術の基礎を固めたという点で重要な成果となった。
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