研究課題/領域番号 |
20K14497
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
南 雄人 大阪大学, 核物理研究センター, 特任助教(常勤) (80788240)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 宇宙マイクロ波背景放射 / CMB / 前景放射 / ダスト放射 |
研究実績の概要 |
宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の直線偏光パターンにはパリティ対称なEモードと反対称なBモードがある。これらの相関であるEB相関はパリティ反対称であり、CMB偏光のEB相関の有無で宇宙のパリティ対称性を破る物理事象の検証が可能である。 2020年度に自身の開発した手法は、前景放射を利用することで検出器の偏光角度を較正し、同時にCMBのEB相関を精度よく測ることを可能とした。この手法を利用し、2020年度に自身がおこなった測定について、前景放射が特殊な性質を持ち、未知のEB相関を持っていた場合に、CMBのEB相関の測定を邪魔する可能性があると指摘がなされた。そこで2021年度は、前景放射であるダスト放射のEB相関について、唯一のモデルであるフィラメント構造モデルを考慮した。このモデルを取り入れて、前景放射のEB相関の影響を取り除くと、CMBのEB相関の新しい物理事象の感度は3.3sigmaに増加し、この結果を論文で発表した。 CMBのEB相関を生む物理事象は、BB相関にも影響を与えるため、将来のCMBのBB相関観測でも見れる可能性があり、その予測をLiteBIRDというCMB観測をおこなう将来衛星計画の論文で報告した。また、CMBのEB相関を生む物理事象の将来実験での検証がより期待されることとなり、米国の将来研究計画を検討するSnowmassの白書論文作成に参加し、研究の発展に貢献した。その他、新しい研究成果に興味を持った研究機関のセミナー(3件)や国際会議(1件)に招待され、研究成果を世界中に広めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
前景放射がある場合でも精度よく偏光角度を較正する手法は2020年度に完成した。新しい較正手法は、CMB観測の前景放射を利用して、検出器の較正をおこない、CMBのEB相関を精度よく測定することを可能にした。 新型コロナの影響によって、新しい較正手法をSimons Array望遠鏡に適用することはかなわなかったが、過去にPlanck衛星が観測し2018年にリリースしたデータに適用することで、CMBのEB相関に現れる新しい物理事象について2.4 sigmaのヒントを得た。しかし、前景放射がEB相関を生み出す未知の物理事象を持っていた場合にも、この信号を生み出す可能性が完全には否定できていなかった。 そこで、2021年度は前景放射であるダスト放射について、唯一のモデルであるフィラメント構造モデルを考慮した。このモデルを応用すると、前景放射のEB相関を推定することが可能であった。このモデルを考慮し、Planck衛星が観測し2020年にリリースされたデータに適用したところ、CMBのEB相関の新しい物理事象の感度は3.3sigmaに増加した。 この成果により、研究目的の一つである、「 (a) 前景放射がある場合でも精度よく偏光角度を較正できる手法を開発 し、さらに、(b) 前景放射が未知の物理事象を持っていても偏光角度を較正できる手法を開発すること」が概ね完了した。さらには、CMBのEB相関に現れる新物理の検証も可能にした。新しい偏光角度の較正手法は、新型コロナの影響によってSimons Arrayに適用することは難しくなったが、将来の他のCMB観測実験に適用することで、インフレーションの発見感度を高めることができる。
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今後の研究の推進方策 |
前景放射のモデルを仮定することで、CMBのEB相関に現れる新しい物理事象のヒントを捉えた。しかし、モデルに依存している面が多く、別の手法での検証が重要である。そこで、前景放射とCMBを分離し、それぞれで解析する手法を検討する計画である。現在検討しているのは、Ichiki et al. (2019)で報告されている"Delta-map"という手法である。この手法は、近似を使うことで前景放射を推定するためのパラメータの数を大幅に減らし、計算コストを抑えることができるのが特徴である。しかし、適用できる観測周波数帯の数に制限があり、実際の観測に適用する際の障害になっている。この障害を取り除くためのアイデアを思い付いており、それにより"Delta-map"法の改善をおこなって波数帯数の制限を取り除く計画である。もともとの"Delta-map"法の作成者にはコンタクトを取っており、共同研究を進めようとしているところである。この手法が完成すれば、偏向角度の較正だけでなく、直接的にインフレーションの発見感度向上にもつながる。 また、CMBのEB相関に関わる研究も並行しておこなっていく。本研究で開発した新しい手法によって、CMBのEB相関に新物理の兆候を捉えることができた。しかし、EB相関の新しい物理事象を説明できる可能性を持つモデルが多い。そこで、可能性のあるモデルのいくつかを詳細に検討し、EB相関以外の物理事象で棄却できないかを検討する計画である。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスによる検疫によって、海外での共同研究ができなくなり、また、国際学会での現地発表がなくなった。そのため、旅費の多くが使用されなかった。次年度以降は、感染状況次第ではあるが、海外の研究会での発表や共同研究のための移動に使う計画である。複数の論文を執筆する計画であり、掲載料にも利用する。また、研究課題を達成するために、新たな研究手法を取り入れる必要があり、そのために必要な物品購入などをおこなう計画である。
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