研究課題/領域番号 |
20K14504
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研究機関 | 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 |
研究代表者 |
神田 聡太郎 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 物質構造科学研究所, 助教 (10800485)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ミュオン |
研究実績の概要 |
本研究ではミュオンの平均寿命を精密に測定するための陽電子検出器およびデータ解析手法の開発を目的としている。当該年度は研究計画の初年度にあたり、得られた主な成果は次のとおりである。 (1) 小型のプラスチックシンチレーターとSiPMを組み合わせた粒子検出器を用い、大強度のパルスミュオンビームを用いた陽電子計数における信号パイルアップの影響を精査した。信号処理回路の動作パラメーターに応じた不感時間を調べ、それが崩壊陽電子の時間スペクトルに及ぼす影響を整理した。信号の数え落としをよく説明できるモデルを見出し、測定器の計数率耐性を定量化する指標を得た。 (2) アナログ信号処理回路の刷新を目指して、KEKで開発中の新ASICがSiPMの信号処理に利用可能かどうかを試験した。また、回路の性能・特性が実験に及ぼす影響を詳細に比較するためにこれまで用いてきたASICの性能評価を系統的に行なった。 (3) これまでデジタル信号処理回路に用いてきたFPGAを次世代の機種に置き換えるべく、マルチヒットTDCのファームウェアを改修、移行作業を行なった。評価基板を用いたテストで期待通りの動作を確認し、新たなデジタル信号処理回路を開発するための設計検討を行なった。 (4) 陽電子検出器の粒子検出部分の候補として、(a)タイル状のプラスチックシンチレーター、(b)タイル状の無機シンチレーター、(c) カットされた樹脂シート片、(d) カットされたシンチレーションファイバーのそれぞれを用いた小型の検出器を試作した。発光量および集光効率、加工の容易さなどの観点から最適な構成を決定するための基礎データを取得した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題で取り組む測定器開発はシンチレーター部分と信号処理部分に大別され、さらに後者はアナログ信号処理回路とデジタル信号処理回路に分かれる。当該年度はこれら三項目の装置開発においてそれぞれ一定以上の進捗が得られた。 (1) シンチレーター部分の開発では、大強度パルスビームがもたらす多数の粒子を過不足なく計数するための細分化された構造の実現が求められる。これまで用いてきた1cm角のシンチレータータイルはこの用途には適さず、2mm角程度の細分化が求められている。これを現実的な工程で実装可能な素材の選定および加工法の検討が課題だが、要求を満たすと期待される候補を複数見出して試験することができた。最終的な検出器の構成を決定するためには小型の要素試作機から中型の実証機へと進む必要があるが、現状ではこれに関する大きな困難は生じていない。 (2) 信号処理回路の開発では、現有のアナログおよびデジタル回路をそれぞれより高性能な次世代機で置き換えることを目指している。アナログ回路に関しては候補となるASICの試験が進行中であり、デジタル回路に関してはFPGAのバージョン移行に成功した。アナログ信号処理回路の性能は検出器の不感時間を左右し、デジタル信号処理に関してはマルチヒットTDCの性能が時間分解能を制限しうる。いずれの回路に関しても、どの程度の性能が実現可能でミュオンの寿命測定にどのような影響を及ぼすのかを調べるためにはより詳細な試験が必要とされるが、今年度の要素開発の過程でそれらの試験に必要な環境を整備することができた。 以上より、本研究課題の進捗状況はおおむね順調であると言える。
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今後の研究の推進方策 |
開発要素の詳細な性能評価試験を継続し、要素開発の早期完了を目指す。検出器としての性能を中規模試作機の開発と試験を通じて調べ、最終的な検出器の構成を決定する。シンチレーター部分および信号処理回路部分それぞれについて最適な構成を検討し、ミュオン寿命の最高精度測定を目指した実証機の開発に進む。
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次年度使用額が生じた理由 |
検出器の要素試作段階において、協力関係にある研究者と共同して効率的に試作器の構成要素を確保し、試験環境を構築することができたため、物品費の支出が少なくなった。また、性能評価試験の過程で新しい信号処理回路の性能が有望であったことから、現行品の増産を保留して新回路の評価に注力したことが影響している。研究計画の進捗そのものには問題なく、次年度の早い段階で検出器の構成要素を確定させ、中規模試作機の開発に進むことで当初の予定通りに進めることができる。
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