本研究では、新たなミュオン寿命の精密測定に向けて大強度パルスビームに対応可能な陽電子検出器の開発を行なった。当該年度は研究計画の最終年度にあたり、得られた主な成果は次の五つである。 (1) 初年度に開発、試験した小型検出器の規模を拡大し、寿命測定実験に利用可能な中規模の検出器を開発した。J-PARC におけるパルスミュオンビームを用いて崩壊陽電子のスペクトルを測定し、検出器の性能を評価した。試験および解析結果の詳細をまとめ、論文化を進めている。 (2) 信号処理回路に用いるASIC候補の性能評価を継続し、ピコ秒パルスレーザーを用いた時間分解能の高精度測定に取り組んだ。回路の動作パラメーターを系統的に走査し、動作条件に応じた時間分解能を整理して最適な動作条件における性能を比較した。 (3) 球殻状の陽電子検出器をミュオン静止標的周辺に配置するためのフレームを光造形型の3Dプリンターを用いて製作する環境を構築した。これにより、低物質量かつ複雑な形状を有する検出器支持体の開発が可能となった。また、基板加工機を導入してSiPM実装基板の試作および量産が可能な体制を整えた。 (4) ミュオンビームを用いてテストデータを取得し、寿命解析における系統誤差の要因および対策を検討した。SiPMの温度変化に応じた検出効率の変化、高計数率環境下におけるパルスパイルアップの影響を調査し、将来的な寿命測定実験の到達精度を議論するための材料を揃えた。 (5) 負ミュオン寿命測定の可能性を検討し、MUSEのパルス負ミュオンビームとミュオンスピン分光器を用いていくつかの標的についてデータ取得を行なった。負ミュオンの崩壊時間測定においてはミュオンよりも長い寿命を持った背景事象源が存在し、寿命解析に影響を及ぼすことが判明した。背景事象源の発生過程特定と影響の定量化に向けた考察に取り組んでいる。
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