前年度までに、準安定オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304(Fe-18%Cr-8%Ni合金)の焼入れマルテンサイトと加工誘起マルテンサイトの転位密度および硬さを評価し、高密度の転位を有する加工オーステナイトから変態する加工誘起マルテンサイトのほうが転位密度と硬さの両方が高いことを明らかにした。 このことから、加工誘起マルテンサイト変態前のオーステナイトの転位密度が加工誘起マルテンサイトの転位密度と硬さに影響を与えることが示唆されるため、オーステナイトの安定度および積層欠陥エネルギーを変化させた準安定オーステナイト系ステンレス鋼(Fe-18%Cr-10%Ni合金)を準備した。SUS304に比べ、オーステナイト安定度および積層欠陥エネルギーが高い鋼材である。オーステナイト安定度が高いため、より加工を与えなければ加工誘起マルテンサイト変態が生じないので、オーステナイトにより多くの転位が導入される可能性がある。一方で、積層欠陥エネルギーが高いため転位の交差すべりが促進され、動的回復が生じることで、逆に転位密度が高くならない可能性もある。 結果として、オーステナイト中に導入される転位密度はSUS304よりもFe-18%Cr-10%Ni合金のほうが低くなり、オーステナイト安定度よりも積層欠陥エネルギーのほうが大きく影響することが明らかとなった。そのオーステナイトから生成した加工誘起マルテンサイトの転位密度および硬さもSUS304より低く、オーステナイトの転位密度が加工誘起マルテンサイトの転位密度および硬さに多大な影響を与えると結論付けられた。
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