前年度までに密度汎関数理論と原子電荷分布解析による分子モデリングを実施してきた高分子材料とイオン性ソフトマターに対して大規模分子動力学(MD)シミュレーションを実施し,ナノ構造の形成とその中で発現する物性について解析した。特に本年度は,本課題を通して確立してきた新規赤外(IR)分光バンド解析の方法論を拡張して,ナノスケールの局所空間における水分子のIRバンドの空間分割解析法を開発し,ソフトマター内部における水分子の振動状態を調べた。導入として高分子材料を中心的に解析し,膨潤条件下で得られる水分子のOH伸縮振動モードのIRバンド挙動を再現できること,ピーク振動数の段階的な低波数シフトが得られることが分かった。さらに空間分割IR解析の方法論を応用することで,水分子の安定性とIRバンドの変化の対応関係を見出すことに成功し,またカルボニル酸素とエーテル酸素周りの水分子の水和環境の影響も併せて考察したところ,両者で水和構造を形成する水分子でも水素結合の対象が異なることでOH伸縮振動数のピーク振動数にわずかな変化が生じていることが分かった。さらにこの空間分割IRバンドの解析を,本課題を通して対象としてきたイオン性ソフトマターに対しても展開することで,昨年度までに解明してきた様々な自己組織化構造の内部や界面に存在する様々な水分子の微視的状態との対応関係を調べることにも応用できている。これにより,電解質や高分子を対象としたナノ相分離ソフトマターに対する空間分割物性解析の方法論の導出と大規模MDシミュレーションによる物性解析への応用に成功し,今後はより広範なソフトマターを対象とした水和・イオンの構造物性解析と普遍的な学理構築を予定している。
|