研究課題/領域番号 |
20K15123
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
中室 貴幸 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 特任助教 (30831276)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 核形成 / 結晶成長 / 結晶化 / 透過電子顕微鏡 |
研究実績の概要 |
結晶化過程の詳細を解析するべく,初年度においては基礎的知見の収集および観察手法の確立を目指して検討を行った.分子レベルでの結晶化挙動観察のためには,適切なナノレベルでの観察場構築が必要となる.ナノカーボン類の網羅的スクリーニングによって水分散性円錐状カーボンナノチューブ(CNT)が当該目的に適していることを明らかにした.従来多用されてきた溶融塩状態で試料を内包する手法とは異なり,水溶液状態から温和な条件で試料調製が完了することが特徴であり,利点となる.結晶学的に最も汎用的な塩化ナトリウム(NaCl)をモデル基質として選定し,原子分解能単分子実時間電子顕微鏡(SMART-EM)イメージング法によって核形成過程における分子レベルの詳細を追求した. 152秒における動画撮影の間,9回の結晶化過程が起こった.そのすべての過程において,横,縦,奥行きがそれぞれ4原子,6原子,4原子に対応する結晶核が生成した.すなわち本実験条件で生成する結晶核は48分子のNaClに相当する.観察結果の妥当性はモンテカルロ法によるポテンシャル極小構造探索から検証し,アモルファスと結晶核の安定性の差異を議論した.核形成過程における分子集合体の構造特徴についても考察をおこなった結果,分子集合体が離合集散を繰り返しながら結晶に類似した秩序だった構造と無秩序な構造との間を往来していることが明らかになった.核形成過程において分子集合体の大きさだけでなくその構造ダイナミクスが重要な役割を果たすことを示唆する結果であり,単分子ごとの振る舞いの直接観察によって見いだされた知見である.また同時期に,金クラスターにおいても同様の振る舞いが報告されており,核形成過程における分子集合体の構造流動性が現象を理解する上で重要となる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
初年度では塩化ナトリウム(NaCl)をモデル基質として選定し,その核形成挙動の詳細を解析した(T. Nakamuro et al, J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 1763.).原子分解能単分子実時間電子顕微鏡(SMART-EM)イメージング法による観察を行い,モンテカルロ法によるポテンシャル極小構造探索からその妥当性を検証した. 水分散性円錐状カーボンナノチューブ(CNT)のナノ空間を用いて,NaCl分子の自己集合挙動観察をおこなった.NaCl分子がCNTの先端に一分子ずつ集合し,徐々に大きなクラスターへと離合集散しながら成長する様子が認められた.非周期性クラスターがある程度の大きさになると,瞬間的に周期的な結晶核へと相転移した.従来研究では核形成過程における確率論的な振る舞いを実験的に検証することができていなかったが,高速分子動画撮影とナノ制限空間の利用によりその詳細に迫ることができた.すなわち,同一条件で9回繰り返して観察された過程において,核形成にかかる時間が2 - 10秒以内に再現性よく分布しており,平均5.07秒の正規分布型で生起する描像であることが明らかになった. 初年度の研究では主にNaClをモデルとして検討を行ったが,ほかの分子における適応可能性も見いだしつつある.次年度でその詳細について鋭意検討する予定である.
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今後の研究の推進方策 |
結晶化現象は核形成と結晶成長に大別され,初年度の検討により核形成過程の詳細が明らかになった.今後の研究の推進方策としては,つづく結晶成長過程の詳細をSMART-EMによる直接観察で明らかにする予定である.以って,結晶化現象の全体像を原子レベルで明らかにする.現在は,40ミリ秒の撮影速度での挙動観察を行なっているが,電子顕微鏡(TEM)像のシグナルノイズ比との兼ね合いを考慮しながら必要に応じて時間分解能に関する条件の最適化をおこなう.また,TEM像は二次元投影像であるために奥行き方向に関する情報は欠落しているが,Multi-slice原理を用いたシミュレーションによる予備的検討によって,TEM像から奥行き情報の抽出および解析可能性が既に明らかになっている.本研究の解析目的においては,今回開発したCNTナノフラスコが適していると考察している.TEM像解析で用いられる弱位相物体近似では,10 nm程度までの厚みサンプルが対象となり,CNTナノ空間に内包できる大きさと完全に一致している.今後,実際に撮影したTEM像からの奥行き情報抽出可能か鋭意検討し,四次元的な結晶化描像について明らかにする予定である.
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次年度使用額が生じた理由 |
COVID-19の影響により,大学の方針で研究時間が一部制限された.このことが原因となり研究計画に一部支障が生じ,来年度に一部繰り越す必要がでた.この繰越金額を考慮して,翌年度分の研究を執り行う予定である.
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