スピントロニクスを記述する基礎物理法則の体系化は未だ発展途上である。現在の中心的課題の一つに、非慣性系における角運動量遷移の機構解明がある。特に最近、固体表面近傍に局在し各格子点を一方向に回転運動させる表面弾性波(SAW)と、その固体中に存在する電子スピンの間での角運動量遷移の間接的な証拠が報告され始めている。しかし、SAWと電子スピン間の角運動量の収支を定量観測することは未だなされていない。そこで本研究では、SAWと電子スピン間の結合強度を実験的に評価することを目指し、SAWの状態を定量的に評価することが可能な光学系の構築を行った。 2020年度、我々はSAWが存在する試料表面に絞った光を入射すると、SAWによって偏光状態が変化する現象を実験的に見出した。そこでそのSAW誘起偏光回転現象の機構解明を行った。その結果、フレネル反射で説明がつくことを突き止めるに至った。その内容は既に論文にまとめている。 2021年度は、SAWによって誘起される反射光の光路変化を用いてSAWを定量的に測定する手法の確立を目指した。こちらの手法はスネルの法則を原理としているため、機構は非常に単純である。しかし、光学測定の較正手法が確立されていなかったため、SAWの定量測定にはこれまで利用されてこなかった。そこで我々は光学測定において不可避である光のショットノイズを利用した較正手法を提案し、実際にデモンストレーションすることに成功した。この光路変調を用いたSAWの定量測定手法の詳細については、現在論文投稿準備中である。 以上のように、二年間の研究期間において、二種類のSAWの定量的な測定手法を確立することができた。今後は本研究期間で確立したSAWの定量測定技術と、電子スピンの測定手法の一つであるKerr効果を融合させることにより、SAWと電子スピン間の結合強度を実験的に評価することを目指す。
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