研究課題/領域番号 |
20K15173
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
川口 昂彦 静岡大学, 工学部, 助教 (30776480)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | トポロジカル物質 / ワイル磁性 / 窒化物 / 逆ペロブスカイト / 薄膜 / エピタキシャル / パルスレーザー堆積法 |
研究実績の概要 |
近年、磁気メモリをはじめとする磁気デバイスの高集積・高速化への期待から、漏れ磁場を作らず、高速応答を示す反強磁性体デバイス実現の期待が高まっている。このような中、「ワイル反強磁性」がその有力候補として大きな注目を集めている。しかし、ワイル反強磁性を示す材料の報告は限られており、材料選択性の観点から更なる材料探索が求められている。研究代表者は、これまでにワイル反強磁性体として見つかっている材料と共通の原子配列を含有する、マンガン系窒化物Mn3AN (A=金属元素)に注目した。研究の結果、Mn3(Sn,Bi)Nの粉末試料においてワイル反強磁性を示唆する特徴的な磁化曲線を得た。しかし、マンガン窒化物へのビスマス置換は研究代表者が世界に先駆けて合成した物質であるため、全く先行研究がなく、より詳細な調査が必要である。そこで、本研究では本材料がワイル反強磁性体であることを明らかにするため、結晶方位がそろった薄膜(エピタキシャル薄膜)を作製し、その性能を調査することを目的としている。 昨年度、研究代表者は、パルスレーザー堆積法を用いてビスマス置換なしのMn3SnN単相エピタキシャル薄膜を得ている。この薄膜の作製条件を参考にして当該年度では、ビスマス置換を施したMn3(Sn,Bi)N薄膜の作製に取り組んだ。その結果、酸化マグネシウム単結晶基板上に、結晶性が高く結晶方位のそろったMn3(Sn,Bi)Nエピタキシャル薄膜を作製することに成功した。また、磁化測定の結果では270 K付近で強磁性的な磁気転移を示す挙動が見られたので、それより十分に低温である100 Kにおいてホール効果測定を実施した。その結果、通常ホール効果の観測には成功したが、異常ホール効果は観測されなかった。これは、いわゆるスピングラス状態となっていることが原因である可能性がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度では、パルスレーザー堆積法を用いて、酸化マグネシウム単結晶基板上へのMn3(Sn,Bi)N薄膜の作製に取り組んだ。薄膜作製の原料となるターゲットとして、ビスマス置換量10%および20%の仕込み組成の粉末のMn3(Sn,Bi)N焼結体を用いた。様々な基板温度で作製した結果、300℃での成膜ではMn3(Sn,Bi)N相と異なる相の結晶化しか見られなかった。一方、700℃での成膜では、Mn3(Sn,Bi)N相の結晶化が確認されたが、Mn金属相の析出も見られた。これは700℃という高温では窒化物相は不安定であり、窒素が脱離して分解した結果だと考えられる。加えて、このような異相が混在している薄膜は、大気下での測定中に劣化していき、酸化物薄膜となっていく様子が観測された。これらに対し、500℃での成膜ではMn3(Sn,Bi)N単相のエピタキシャル薄膜を得ることに成功した。また、単相薄膜では、目視では大気中での劣化はほとんど見られなかった。 この単相薄膜について、磁化測定を行った結果、約270 K以下で磁化が増加していく挙動が観測された。すなわち270 K付近に強磁性的な磁気転移があることが示唆された。一般的に、強磁性状態で異常ホール効果が観測されるため、それより十分に低温である100 Kにおいてホール効果測定を実施した。その結果、通常ホール効果の観測には成功したが、異常ホール効果は観測されなかった。研究の進捗自体は順調であったが、これは予期しない結果であり、さらなる調査を要する。
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今後の研究の推進方策 |
当該年度の研究成果では、単相薄膜の作製とそのホール効果測定には成功しているが、肝心の異常ホール効果が観測されなかった。この原因として、目視では確認できなかった程度の試料の劣化が致命的であった可能性がまず挙げられる。また、270 K以下では、マンガン原子がつくる磁気三角格子が長距離秩序を持たない、いわゆるスピングラス状態となっていることが磁気測定から示唆されており、これが、異常ホール効果が発現しなかった原因である可能性もある。実際、300 Kでも磁化曲線においてヒステリシスが観測されており、本物質は複数の磁気転移を持つ可能性が高い。すなわち、270 Kよりも高温で、目的のワイル反強磁性が発現している可能性が残されている。 以上のことから、まず窒素欠損しないように薄膜を作製する必要がある。その解決策として、当該年度末に購入した、ラジカル供給源を用いて、反応性の高いラジカル窒素を供給しながら薄膜作製を行う。これにより、ターゲットから供給される窒素では不十分な量の窒素を補填することができ、高温下においても窒素の脱離を抑制することができる。また、Mn3(Sn,Bi)N薄膜表面に数nm程度のアルミナやフッ化カルシウムなどの保護層を成膜する。これにより大気中での劣化を防ぐことができる。さらに、このような薄膜に対して、様々な温度域でホール効果測定を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス蔓延防止対策の時期が想定より長引き、旅費が発生しなかったことや、研究の過程で得られたホール効果の測定結果が予期せぬ結果となり、更なる調査が必要となったことが理由として挙げられる。次年度では、試薬などの消耗品に加えて、論文投稿時の英文校閲費や投稿料、学会の対面参加における旅費に使用する予定である。
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