本研究課題の目的は,動力学効果を考慮した反応経路図を相空間幾何学と第一原理分子動力学計算に基づき自動作成するプログラムを開発することである.化学反応動力学系の相空間は原子の位置と運動量を軸とする空間であり,分子の運動の様子は相空間内の軌跡で表される.動力学効果が顕著な系では,同一の反応性をもつ複数の軌道が束状の構造(=動力学的反応経路)をなす.相空間の断面をとったとき,反応性軌道の束の断面はReactive Island (RI)とよばれる構造となる.RI構造を計算することで,異なる動力学的反応経路同士の接続情報などの情報を得ることができ,動力学的反応経路図を作成できる.本研究課題では,このRI構造を計算するための種々のアルゴリズムを開発・実装し,第一原理分子動力学計算と組み合わせて実在化学反応系への応用もおこなった.以下に主な研究成果をあげる. (1)Voronoi分割を用いた化学反応動力学系の相空間構造の効率的計算法の開発:本提案アルゴリズムは,分子動力学計算により得られた軌道データからVoronoi分割によりRIの幾何形状を近似し,近似RIの境界上の点を初期条件とする分子動力学計算により新たな軌道データを逐次追加していくことで,近似精度を高めながら効率的にRIを計算することができる. (2)教師あり主成分分析を用いた化学反応動力学系の反応性クラスの低次元投影法の開発:大自由度の実在化学反応系の相空間構造は高次元構造であり,その計算コストは自由度に対して指数関数的に増大する.本提案アルゴリズムは,本来高次元構造であるRIを近似的に低次元空間に投影して捉えるために,教師あり主成分分析を用いて反応性軌道の反応性クラスの空間分布を低次元空間に投影する.本アルゴリズムは第一原理分子動力学計算と組み合わせて,実在化学反応系への応用もおこなっている.(最終年度プレプリント公開済)
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