研究課題/領域番号 |
20K15228
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
齋藤 雅明 名古屋大学, 物質科学国際研究センター(WPI), 助教 (40832556)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 電子相関 / 量子化学 / 生体分子 / 多参照摂動理論 |
研究実績の概要 |
本研究で対象とする[NiFe]ヒドロゲナーゼは、プロトンからH2を可逆的に生成するタンパクであり、活性中心に鉄及びニッケルを有する。本研究の目的である[NiFe]ヒドロゲナーゼの触媒機構の「分子論的理解」には、これらの遷移金属元素を取り巻く「化学的環境」の効果を予測することが重要となる。そこで高精度波動関数理論(DLPNO-CC法)に基づき、鉄同位体(57Fe)のMoessbauerパラメータを既存のアプローチを超える精度で計算可能な方法論の開発を行った。この成果は既に査読を要する論文雑誌に出版済みである。Moessbauer分光法は鉄などを含むタンパクの研究に広く用いられている実験的手法であり、その高精度計算を可能にする本手法は計算生物無機化学的に非常に重要と考えられる。 本研究では大規模な[NiFe]ヒドロゲナーゼモデル分子を用いた高精度計算により、その触媒機構の解明を目的とする。先行研究では前述のDFT法が用いられてきたが、DFT法には種々のスピン状態・酸化状態間のエネルギー差の予測において信頼性が低下する問題があることが知られている。この問題を解決するには多参照摂動理論(MRPT法)の利用が望ましいが、MRPT法はその高い計算コストのため、これまでは小分子系のみに適用可能であった。そこで本研究では、大規模分子系に適用可能な高精度MRPT法であるLVO-PNO-CASPT2法の開発を行った。 [NiFe]ヒドロゲナーゼによる触媒サイクルを含む種々の反応は生体内で起こるため、これらの高精度なモデル化には溶媒和の効果を取り込むことが重要となる。そこで本研究では量子化学・計算化学分野で最も広く用いられている溶媒和モデルの一つである分極連続体モデル(PCM)法に基づく高精度CASPT2法(PCM-CASPT2法)の開発を行った。この成果は既にアメリカ化学会誌に投稿済みである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画ではR2年度に、[NiFe]ヒドロゲナーゼの分子機構の解明に必要となる、低計算コストな高精度多参照波動関数理論であるDMRG-PNO-CEPA法の開発を行い、R3年度でこの計算手法を用いたH2開裂機構の解明を目的とした理論計算を行う計画であった。また多参照波動関数理論は、反強磁性結合した電子対を含む「低スピン開殻分子系」などの複雑な電子状態を高精度に記述可能な一方で、ブラックボックス的に計算を実行するのが困難であるという欠点を有する。そこで当初の計画では、一般的なDFT法よりも高い計算精度を有する高精度単参照波動関数理論であるDLPNO-CC法を補助的に用いて、理論計算を行う予定であった。 申請者がR2年度に出版したMoessbauerパラメータ計算に関する論文は、正にDLPNO-CC法を[NiFe]ヒドロゲナーゼなどの鉄を含む化合物へ適用し、その電子状態を探るうえで重要な知見を与えるツールとなるものである。 また申請者がR2年度に開発した、投稿準備中であるLVO-PNO-CASPT2法は、数百原子から成る大規模な「低スピン開殻分子系」の電子状態を高精度に記述可能な、アプローチであり、多参照CEPA法への拡張は比較的容易であると考えられる。また静的電子相関ソルバーとしての密度行列繰りこみ群(DMRG)法の使用も、4体の密度行列(4-RDM)のキュムラント分解法を用いることで可能である。 また電子状態計算での溶媒和効果の取り込みも重要であることから、分極連続体モデル(PCM)法に基づく溶媒内での分子の電子状態を高精度に記述するPCM-CASPT2法の開発を行った。 現時点で未出版の成果も一部含まれてはいるが、以上のことから、進捗状況は概ね良好であると思われる。
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今後の研究の推進方策 |
R2年度で、研究目的を達成するための理論手法の整備については概ね完了したので、今後はこれらを論文化しつつ、実際の応用計算も開始する予定である。またR2年度で開発を行ったLVO-PNO-CASPT2法の更なる高精度化・高速化についても引き続き行う。これについて以下で述べる。 1.キュムラント近似を使わないDMRG法の利用。キュムラント近似に基づくDMRG-CASPT2法は既に報告されているが、静的電子相関が強い場合には精度が著しく劣化する問題が報告されている。そこでキュムラント近似を用いず、DMRGから直接CASPT2計算で必要となる中間データを生成することで、この欠点を回避したPNO-DMRG-CASPT2理論の開発を行う。 2.0次ハミルトニアン演算子の改良。CASPT2法では1体の一般化Fock演算子を摂動展開における0次ハミルトニアンとして用いるが、エネルギー的に近接した状態が存在する場合、摂動エネルギー補正項が発散することが知られる(侵入状態問題)。これを解決する処方として、2体の相互作用を含む拡張0次ハミルトニアンを用いる手法が近年、活発に開発されている。そこでこれらの拡張0次ハミルトニアンを用いたPNO-NEVPT2法や、PNO-REPT2法の開発及び方向性1と組み合わせたDMRG法への拡張を行う。 3.溶媒和効果の高精度な記述。R2年度で開発したPCM-DMRG-CASPT2法では、溶媒和効果の記述のレベルはCASSCF法に留まっており、動的電子相関効果と溶媒和効果とのカップリングが取り込まれていない。そこでCASPT2レベルで溶媒和効果を記述するPTED-PCM-CASPT2法を開発する。 これらはどれも新規な理論開発であり、高いオリジナリティを有すると考えられる。
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次年度使用額が生じた理由 |
購入を予定していた高性能計算機が割引で安く購入できたため
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