研究課題/領域番号 |
20K15240
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
出倉 駿 東京大学, 物性研究所, 特任助教 (80837948)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 水素 / 固体電解質 / 無水プロトン伝導体 / 分子性固体 / 分子ダイナミクス |
研究実績の概要 |
本研究は、有機分子性固体における分子ダイナミクスを積極的に活用した無水プロトン伝導体を合成し、伝導機構の調査を通して無水有機超プロトン伝導体の物質設計指針を得ることが目的である。 当該年度においてはイミダゾリウム-リン酸塩の1:1(1)および1:2(2)単結晶、および新規1,2,3-トリアゾリウムーリン酸塩(3)単結晶を合成し、プロトン伝導度を調査した。塩1,3はともに異方的な分子配列を有するにもかかわらず、いずれも等方的なプロトン伝導度を示し、1は360 Kで4×10^-5 S/cm程度、3は1×10^-3 S/cm程度の分子性固体としてはトップクラスのプロトン伝導度を達成した。1の活性化エネルギーは他のイミダゾール系と同様3eV程度であることからイミダゾリウム分子運動が伝導に関与することが強く示唆された一方、3の活性化エネルギーは1eV程度とリン酸系と同程度に低く、1,2,3-トリアゾリウム分子内のプロトン互変異性とリン酸分子のダイナミクスが協奏したプロトン伝導が実現している可能性があり、非常に興味深い。 一方塩2は室温でイミダゾリウム分子が配向無秩序化を示すことが知られているが潮解性であり、本研究で初めてプロトン伝導度の測定に成功し、340 Kで5×10^-4 S/cm程度のプロトン伝導度を示すことを見出した。 また、350 Kでイミダゾリウム分子の配向無秩序化を伴う構造転移が報告されているイミダゾリウムーコハク酸塩(Im-Suc)について、単結晶をすりつぶした粉末では構造転移が消失し、分子ダイナミクスが変調されることを見出した。これは分子ダイナミクス調査の際に粉末試料を使用していた固体NMR等の先行研究の見直しを指摘するだけでなく、試料形態による分子ダイナミクス変調の可能性という新たな材料設計の展開を示す重要な成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当該年度においては、新規物質を含む3つの塩の単結晶合成に成功し、いずれにおいても分子ダイナミクスのプロトン伝導への関与が期待できる結果を得ている。また、そのうち1つにおいては極めて等方的かつ既報の分子性固体ではトップクラスとなる10^-3 S/cm程度のプロトン伝導度を実現しており、実用的燃料電池の要件である10^-2 S/cmに大きく近付いているだけでなく、プロトン互変異性という分子ダイナミクス以外の新たな要素が見出されつつある。また、試料形態によって分子ダイナミクスを変調しうる可能性も見出しており、新たな展開も期待できる。これらの物質を対象に次年度における固体NMR等の分光測定で分子ダイナミクスとプロトン伝導度との相関を明らかにできれば、高プロトン伝導性物質の設計指針に繋がると期待できる。以上のことから、当初の計画以上に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
次年度においては、昨年度で得られた物質を対象に、特にイミダゾリウムや1,2,3-トリアゾリウム分子のC-H結合中のH原子をD原子に同位体置換した物質を準備し、固体2H NMR測定によって分子運動の大きさと速さ、およびその温度依存性を詳細に調べる。他方で水素結合中プロトンの運動性を1H NMR測定で調べ、リン酸塩については31P NMR測定も行うことで、カチオン分子・アニオン分子・伝導プロトンそれぞれの運動性を独立に観測して評価する。加えて、固体NMRによる分子運動の実験的観測結果に基づき、量子化学計算や分子動力学シミュレーションにより、ポテンシャルエネルギーの評価や分子運動とプロトン輸送の層間の直接的な観測を試みる。 並行してアゾール分子とリン酸・硫酸との共結晶を新規に合成し、プロトン伝導度と分子運動性を評価・比較する。特に昨年度の成果で最も高プロトン伝導性を示した1,2,3-トリアゾリウムーリン酸塩を軸に、アルキルリン酸塩や硫酸塩の単結晶を調査し、10^-2 S/cmを超えるプロトン伝導度の実現を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度については、コロナ禍の影響による出張費等の削減で内訳を多少変更したものの、計画通り執行できていると考える。次年度使用分として残っている残金は端数として生じたため、次年度の実験試薬等物品費として適切に使用する予定である。
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