当該研究代表者は研究助成受給期間内に、有機フッ素化合物の新規合成法および分解法の開発と並び、遷移金属触媒における新たな素反応を見出すことに成功した。有機フッ素化合物はその特異な電気的特性と化学的安定性から、生理活性物質および機能性分子において欠かすことのできない化学物質であることと同時に、その炭素-フッ素結合の開裂は有機合成化学上、困難な課題の一つとして認識されている。本研究では、まず、ニッケル(0)錯体を用いた有機分子に含まれる化学結合において最も強固なものの一つである炭素-フッ素結合の開裂反応の開発を行った。この反応はニッケル(0)錯体の高い電子供与性によりトリフルオロメチルアレーンの一つの炭素-フッ素結合が酸化的付加することを見出した。さらに、この反応過程に対して量子化学計算を行うことでこの結合開裂過程がこれまでに知られている機構ではなく、協奏的な電子の流れで生じることを明らかとした。次に、このニッケル(0)錯体の多数の軌道が共奏的に関与する結合切断の知見をもとに、ニッケル(0)錯体、アルケン、アルコール、有機ボロン酸が関与する新たな結合組換え反応によるヒドロアリール化反応を開発することにも成功した。この研究では、基質であるアルケン間での水素原子移動を経由する異性化も同時に見出した。最後に、フッ素化学工業における重要な供給原料であるテトラフルオロエチレンを用いた有機変換反応として、酸フッ素化物に対するフルオロアシル化反応とヒドロチオール化反応など、医薬、農薬などにおいて有用であることが期待される分子の網羅的な合成法の確立にも成功した。
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