研究課題/領域番号 |
20K15316
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
山本 翔太 東京大学, 大学院総合文化研究科, 特別研究員 (10785075)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | シグナル伝達 / 光制御 / ナノ粒子複合体 / メカノバイオロジー / バイオ分析 / がん細胞 / アポトーシス |
研究実績の概要 |
細胞の増殖や成長を誘導する上皮成長因子は、ナノ粒子に固定化されることでその効果を真逆の細胞死(アポトーシス)へと切り替える。そのため、このような上皮成長因子担持ナノ粒子は新しい抗がん剤として期待されている。これまでの研究成果より、上皮成長因子担持ナノ粒子がアポトーシス誘導活性を獲得する条件として、粒径や上皮成長因子の固定化密度の重要性が報告されている。しかしながら、その研究のほとんどが金ナノ粒子を用いて検討が行われている。そのため、粒子の蛍光ラベル化が困難であり、その詳しい細胞内動態は明らかになっていなかった。そこで本研究は高分子からなるナノ粒子を用いて、蛍光ラベル化された上皮成長因子担持ナノ粒子を作製し、詳細な作用機序を解析することでがん細胞選択的で高活性かつ低副作用のナノ粒子抗がん剤の開発を目指す。 今年度は、前年度より検討が進められてきた、蛍光色素を封入した高分子ナノ粒子からなる上皮成長因子担持ナノ粒子を用いて、がん細胞に対するアポトーシス誘導活性の詳細な解析を行った。まず始めに、上皮成長因子担持ナノ粒子の調製方法を再検討した。これまでの方法では、タンパク質と粒子の反応性の低さから、上皮成長因子の固定化密度が低かった。そこで、使用する高分子の組成を変えることで、より高濃度に上皮成長因子が固定化された粒子の開発に成功した。この開発したナノ粒子を上皮成長因子受容体が過剰発現するがん細胞や中程度に発現するがん細胞に投与すると、アポトーシス活性を示すことが分かった。さらに、正常細胞に投与してもアポトーシス活性を全く示さなかった。この結果は、開発したナノ粒子が、がん細胞に対して選択的にアポトーシス活性を示し、高活性かつ低副作用のナノ粒子抗がん剤として期待できることを示唆するものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
今年度は昨年度より検討が進められてきた、高分子ナノ粒子からなる上皮成長因子担持ナノ粒子を用いて、がん細胞に対するアポトーシス誘導活性を解析する研究を遂行した。まず始めに、これまで使用してきた上皮成長因子担持ナノ粒子の調製方法を再検討した。上皮成長因子はナノ粒子表面の官能基と共有結合させることで固定化させているが、これまでに使用してきた高分子ナノ粒子は、表面に露出する官能基の濃度が少ないため上皮成長因子の固定化量が低かった。そこで、表面の官能基を増加させ、かつこれまでと同様の粒径になる条件を検討した結果、上皮成長因子の固定化量が増加し、50-80ナノメートルの粒径を持つ上皮成長因子担持ナノ粒子の調製に成功した。さらにこの粒子は、凝集は確認されず、非常に単分散であった。続いて、新たな方法で調製したナノ粒子を、上皮成長因子受容体が過剰発現するがん細胞や中程度に発現するがん細胞に投与し、72時間後にアポトーシスを検出する試薬で細胞を染色すると、どちらの細胞もアポトーシスしていた。さらに、上皮成長因子を固定化していない高分子ナノ粒子を用いた実験や、正常細胞を対象に同様の実験を行っても、どちらの細胞も生存していた。以上のように、新たに調製した上皮成長因子担持高分子ナノ粒子は、金ナノ粒子を用いた場合と同様に、がん細胞を選択的にアポトーシスさせる効能を有することが分かった。続いて、この粒子を蛍光ラベル化することで細胞内動態のイメージングや適応可能な細胞種の検討等を計画していたが、試薬や物品等の物流が不安定な状況の中、上記の実験を実行するために高分子ナノ粒子の調製に時間がかかり、当初予定していた実験を遂行することができなかった。そのため、本年度の進捗状況として「やや遅れている」と評価し、次年度に実施することにする。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は前年度に実施していた研究を継続し、高分子ナノ粒子からなる上皮成長因子担持ナノ粒子がアポトーシス誘導活性を獲得するメカニズムの解明を目指す。まず始めの検討として、開発したナノ粒子抗がん剤がどのような細胞に対してアポトーシス誘導活性を示すのかを調べる。具体的には、これまで使用してきたがん細胞は、正常細胞と比較して上皮成長因子受容体の発現レベルが高いものを使用してきた。そのため、ナノ粒子の適応範囲を調べるため、当該受容体の発現量の低いがん細胞や、発現量の高い正常細胞などを使用してアポトーシス解析を行う。その後、これまで蓄積された結果を参考にして粒子を調製し、多くのがん細胞に対して適応できる粒子を開発する。次に、高分子をベースとして作られた粒子という利点を活かし、蛍光色素を封入またはラベル化させた上皮成長因子担持ナノ粒子を用いて、細胞内動態のイメージングを行う。その際、阻害剤等を用いて粒子が細胞内をどのように動き、そしてアポトーシス誘導活性を獲得するのかを調べる。さらに、アポトーシスに関連するタンパク質をイメージングし、粒子がどのタイミングでこれらのシグナルと連携しているのかも解析する。続いて、上皮成長因子担持高分子ナノ粒子の作用機序をバイオ分析により解析した後、弾性率等の粒子の力学特性がアポトーシス誘導活性にどのように関与するのかを調べる。これまでの結果より、粒子によるアポトーシス誘導活性は、粒子のサイズなどの物理的なパラメーターで変化することが分かってきている。そのため、積極的に粒子の特性を変化させることで、より効率的にがん細胞のアポトーシスを誘導できるナノ粒子抗がん剤の開発を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は、世界的な感染症の流行により研究課題を遂行するために必要な試薬や物品等の物流が不安定であったことから、使用する材料や装置の確保に時間がかかり想定以上の遅延が生じてしまった。特に、ナノ粒子の精製に必須である精製キット等のほとんどが在庫不足となっていたことから、研究が円滑に進まなかった。そのため、本研究課題の延長を申請し、達成できなかった研究を次年度に実施するために次年度使用額が生じた。延長をした助成金は、研究課題を遂行するために必要な装置や物品、試薬を購入する予定である。具体的には、購入予定の物品として、ナノ粒子を精製する際に使用する限外ろ過膜や遠心分離を行う装置等を検討している。また、使用するタンパク質を合成・精製するためのキットの購入も検討している。試薬としては、蛍光色素を粒子に固定化するための試薬や、ナノ粒子の材料となる高分子の購入を予定している。さらにナノ粒子の細胞応答を調べるには、高価な抗体等も必要になってくるため、生化学実験用の試薬も購入予定である。その他、細胞内動態を調べる際、顕微鏡による蛍光イメージングの実施を計画している。所属研究室がすでに所持している高倍率レンズを使用する予定ではあるが、十分な観察ができなかった場合は顕微鏡用のレンズも購入することを検討する。
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