研究課題/領域番号 |
20K15431
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
笠井 拓哉 名古屋大学, 未来材料・システム研究所, 助教 (00833831)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 固体腐植ヒューミン / 細胞外電子伝達系 |
研究実績の概要 |
ヒューミンとは、いかなるpHにも不溶な固体腐植物質である。これまでの研究から、ヒューミンは固体電子伝達物質として土壌微生物へ電子を供与し、多様な生物学的還元反応を促進することが多数報告されている。一方で、ヒューミンを還元する微生物についてはほとんど研究が行われていない。 導電性タンパクを含む細胞外電子伝達(EET)経路をもつ微生物(電気活性微生物)が電極や金属酸化物などの固体電子伝達物質との電子授受が可能であり、電気活性微生物のEETに関する詳細な研究が行われ、EETに関与するタンパク質が同定されている。ヒューミンと電子授受が可能な微生物には、既知のEET経路をもたない微生物も多数確認されており、ヒューミンとの電子授受にはEET経路を必要としない、または未知の電子伝達機構を利用していることが示唆されている。本研究では、モデル電気活性微生物であるShewanella oneidensis MR-1株のEET欠損変異株を使用して、微生物によるヒューミン還元機構を明らかにすることを目的とした。 令和2年度はヒューミンの酸化還元状態をモニターするため、微生物電気培養装置とヒューミンを組み合わせたシステムの構築および、ヒューミン還元におけるEET経路の関与について評価を行った。前者のシステムは、炭素電極へヒューミンを固定し、ヒューミンの酸化還元状態を電極を介してモニターするシステムを考案していたが、本システムは機能しなかった。そこで、ヒューミン懸濁培地で電気化学培養を行い、ヒューミン混合培養物の酸化還元雰囲気を電気化学的にモニターすることにした。後者の実験では、MR-1株のEET欠損変異株をヒューミン懸濁培地で電気化学培養し、ヒューミンの酸化還元状態を評価したところ、EETを欠損していてもヒューミン還元能を保持していることが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、微生物による固体腐植物質(ヒューミン)の還元メカニズムを解明することを目的とした。本研究には、固体電子伝達物質への電子授受に関する研究のモデル微生物のShewanella oneidensis MR-1株の細胞外電子伝達(EET)系欠損変異株を用いた。令和2年度はヒューミンの酸化還元状態をモニターするため、微生物電気培養装置とヒューミンを組み合わせたシステムの構築(I)および、EET欠損変異株によるヒューミン還元におけるEET系について評価(II)を行った。 (I)のヒューミン酸化還元状態のモニターシステムの開発では、電気化学培養で用いる炭素電極表面にヒューミンをエポキシ接着剤などで固定化し、ヒューミンの酸化還元状態を電極を通して直接測定することを考えたが、ヒューミンを固定することで電極電位の制御が困難となるため、ヒューミンの酸化還元状態が測定できなかった。そこで、電気化学リアクターへヒューミン懸濁培地を加え、ヒューミン懸濁培地の酸化還元雰囲気を測定することで、ヒューミンの状態をモニターすることにした。 (II)では、微生物によるヒューミン還元にEET経路が関与するかどうかを明らかにするため、(I)で構築したシステムを用いて、EET欠損変異株をヒューミン添加・無添加培地で電気化学培養した。ヒューミン無添加条件では電流生成が見られず本変異株のEET能の欠失が確認された。一方、ヒューミン添加条件では電流生成が見られたことから、本変異株がヒューミンを介して電子を電極へ伝達したことが示唆され、微生物によるヒューミン還元にはEET経路が必須ではないことが示された。
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今後の研究の推進方策 |
令和2年度の研究では、培地中のヒューミンの酸化還元状態をモニターするシステムの構築に行った。当初計画していたヒューミンを電極に固定させ、直接的にヒューミンの酸化還元状態を測定するシステムの構築には成功しなかったが、ヒューミン懸濁培地で電気化学培養を行うことで、ヒューミンの酸化還元雰囲気を測定することに成功した。さらに、細胞外電子伝達系(EET)欠損変異株を本システムで電気化学培養することで、本変異株がヒューミンの還元能力を有していることを示し、細胞外電子伝達系はヒューミン還元に必要不可欠ではないことが明らかになった。 令和3年度は、微生物によるヒューミンの還元メカニズムについてより詳細な解析を行うため、EET欠損変異株へトランスポゾンを用いたランダム変異を導入し、ヒューミン還元に関与する遺伝子の同定を行う。トランスポゾン挿入変異株はヒューミンを電子受容体とした培地でスクリーンを行い、ヒューミン還元能力が低下または欠失したトランスポゾン挿入変異株の探索を行う。その後、スクリーニングで得られた変異株の詳細なヒューミン還元能力は令和2年度に構築したシステムを用いて評価する。以上の解析により、ヒューミン還元能に著しい変化が生じた変異株のトランスポゾン挿入部位を特定し、ヒューミン還元に関与する遺伝子を同定する。同定された遺伝子の機能よりヒューミン還元機構を推察する。 令和2年度と令和3年度の結果から、ヒューミン還元系を保存している微生物について評価し、ヒューミン還元微生物の多様性について考察を行う。
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