研究実績の概要 |
アブシシン酸(ABA)は悪環境下での発芽抑制や乾燥ストレス耐性誘導を担っている植物ホルモンであり,長年農業への利用が期待されてきたが,未だその実用化には至っていない。この主な要因は,ABA側鎖ジエン構造のZ/E異性化に由来する光安定性の低さと,8'位の水酸化に由来する代謝不活性化の速さである。そこで本研究では,ABA受容体(PYL)と8'位水酸化酵素(CYP707A)の構造要求性の知見に基づいて,上記2つのABAの弱点を同時に克服可能なPYLアゴニストの創出に取り組んでいる。 側鎖ジエンをベンゼン環に置換し,炭素一つ挟んで単結合でカルボキシ基を繋いだABAアナログ(BP2A)は,ABAの約1/3の生物活性を有し,365 nmのUV照射に対してABAよりも高い光安定性を示した。しかし,日光照射下での安定性が飛躍的に向上することはなかった。これはシクロヘキセノン環のα,β-不飽和カルボニル基部分が太陽光に含まれるUV-B (280-320 nm) によって分解・重合したためだと考えられる。そこで,BP2Aのα,β-不飽和カルボニル基部位を還元し,UV-B領域に吸収帯を持たないABAアナログを新たに7化合物設計・合成した。いずれの化合物も302 nmのUV-B照射下では殆ど分解されることなく,また日光照射に対してもBP2Aよりも高い光安定性を示した。一方,シロイヌナズナ種子発芽試験においては,Me 1',4'-trans-diol-BP2Aおよび4'位水酸基にホルミル基を導入したMe 4'-O-formyl-BP2AがBP2Aと同等の発芽阻害活性を示した。現在,両化合物の作用機構解析を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
BP2Aは,期待通り365 nmのUV-A照射に対してABAよりも高い安定性を示したが,日光照射下の安定性はABAよりも僅かに向上するに留まった。この原因は太陽光に含まれるUV-B(280-320 nm)に対する安定性の低さにあると考えられる。BP2AおよびABAの共通構造であるシクロヘキセノン環のα,β-不飽和カルボニル基は,320 nm付近にn-π*吸収を有するため,UV-B照射によってn-π*三重項状態になるとラジカルとして振る舞い,その高い反応性によって分解あるいは重合を引き起こす。そこで,Me BP2Aのα,β-不飽和カルボニル基を還元し,Me 1',4'-trans/cis-diol-BP2AsおよびMe 2',3'-dihydro-BP2Aを合成した。また,Me 1',4'-trans-diol-BP2Aの4'位水酸基にホルミル基/アセチル基を導入したMe 4'-O-formyl-BP2A/Me 4'-O-acetyl-BP2Aも合成し,UV-Bに対する安定性を評価した。302 nmの光照射試験において,BP2Aは4時間で20%程度まで分解した一方,新たに合成したBP2Aアナログはいずれも90%以上を保持しており,BP2Aよりも高い光安定性を示した。また,これらの化合物は日光照射下でも殆ど分解されることはなかった。次に,シロイヌナズナ種子発芽試験により各BP2Aアナログの生物活性を評価した。Me 1',4'-trnas-diol-BP2AとMe 4'-O-formyl-BP2AはBP2Aと同等の発芽阻害活性を示した一方,Me 2',3'-dihydro-BP2AとMe 4'-O-acetyl-BP2Aでは活性が低下した。これらの研究成果をまとめて,第55回植物化学調節学会で発表した。上記の進捗状況を総合的に判断して,研究は概ね順調に進展していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
BP2Aと同等の生物活性を有し,且つBP2Aよりも高い光安定性を示したMe 1',4'-trans-diol-BP2AとMe 4'-O-formyl-BP2Aについて,その作用機構を解析し,論文として研究成果をまとめる。今後は以下の実験を予定している。 1)ABA受容体アゴニスト活性の検証: ABA受容体(PYL)に対する両化合物のアゴニスト活性をin vitro PP2C試験により評価する。シロイヌナズナには14種のPYLサブタイプが存在するのため,アゴニスト活性の強さに加えて,BP2AアナログのPYLサブタイトル選択性についても確認する。 2)植物体内での代謝安定性の検証: Me 1',4'-trans-diol-BP2AおよびMe 4'-O-formyl-BP2Aをシロイヌナズナ子葉に投与し,植物抽出液をLC-MS分析することで植物中での安定性を評価する。必要に応じて各化合物の重水素ラベル体を合成し,トレーサー実験を行う。 3)シロイヌナズナ以外の植物種に対する活性の検証: イネ,レタス,トマトなどの農作物に対するMe 1',4'-trans-diol-BP2AおよびMe 4'-O-formyl-BP2AのABA様活性を確認し,ABAの代替化合物として農業利用が可能かどうか検討する。基本的は種子発芽試験により両化合物のABA様活性を評価する。
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