牛の肺炎等の呼吸器病は、ウイルス、細菌、マイコプラズマ等の混合感染と、それに様々な環境的な要因が重なって発症する複合病であり、これらを総称して牛呼吸器病症候群(Bovine respiratory disease complex: BRDC)と呼び、畜産業において大きな経済的問題となっている。本研究は、畜産肉牛が死に至る原因ともなるBRDCの重篤化の機序を分子生物学的な観点に基づいて解明することを目的とした。BRDCにおいては、ウイルスや細菌等の複数の病原体の病原性が相互に影響し合うことにより、単独の病原体による感染症と比較してより重篤な症状に至らしめる。本研究では、BRDCの一次要因と言われるウイルスとして、牛RSウイルス(BRSV)、常在細菌として4種類の細菌を用い、BRSV感染による細菌の細胞接着効率を指標にウイルスと細菌の相互作用の有無を検証した。その結果、BRSV感染が複数種の細菌の細胞への接着を増強すること、一部の細菌においては、ウイルスタンパク質の一つが接着増強に関与し、その抗体によって接着が抑制されることを示した。さらに、複数の遺伝子型のウイルス由来のタンパク質において、BRSV感染により示される細菌の接着増強は共通してみられる現象であること、BRSV感染による細菌の接着が複数の異なる菌株で増強されることが明らかとなった。また、特定の培養細胞株だけでなく、複数の培養細胞で共通の現象が観察された。以上のことから、BRSV感染による細菌の接着増強は、BRSVの遺伝子型や、菌株、培養細胞種に限定されず、広く引き起こされる現象であることが明らかとなり、BRSV感染が牛の常在細菌による感染症の重篤化を引き起こす可能性がより強く示唆された。
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