本研究ではバイオフィルム形成と疾病の慢性化および難治性への関与に着目し、黄色ブドウ球菌(SA)による牛の乳房内バイオフィルムに関わる分子の同定とその形成機序の解明を目的として研究を行った。乳房炎感染歴のない初産牛3頭の2分房の乳槽内へ約20 CFUのSA、BM1006株を注入した。注入後5週まで乳汁を採材し、乳汁中のSAを単離した。コンゴーレッド寒天培地法の結果、単離したSAは赤色で辺縁がスムースなコロニー形態から感染後3週目から黒色で辺縁ラフなコロニー形態へ変化するものが12個出現した。その後、黒色を呈した12個の派生株に対して全ゲノム解析を行った結果、同一の牛の分房間でagrAとsigBに共通の変異が確認された。感染前のBM1006株と比較して、agrAに変異のある派生株とsigBに変異のある派生株ではバイオフィルム形成に関与するタンパクの発現パターンが異なった。スキムミルクで18時間培養した場合、sigBに変異のある派生株に乳汁成分の凝集が確認され、sigBに変異のある派生株の菌数が有意に高かった。また、産生したproteaseの量がsigBに変異のある派生株で高かった。このことから、sigB変異株は乳汁中のタンパクを分解する能力および乳汁中での増殖力が高いことが示唆された。最後に、カイコの感染モデルの結果、感染前のBM1006株と比較して、黒色を呈した12個の派生株は病原性が低かった。 以上より、SAは牛の乳房内感染が持続するうちに、バイオフィルム形成能が変異する現象が起こることが明らかとなった。こうした変異が黄色ブドウ球菌性乳房炎の難治性・慢性感染の一因である可能性がある。
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