研究課題/領域番号 |
20K15674
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
尾針 由真 北海道大学, 獣医学研究院, 特別研究員(PD) (00847056)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | フタトゲチマダニ / ミトゲノム / MIG-seq / SNP / 分子系統学的解析 / 集団遺伝学的解析 |
研究実績の概要 |
本研究では、生息環境や繁殖形態がフタトゲチマダニ(フタトゲ)の集団構造に与える影響を明らかにし、分布拡大プロセス推定における集団構造のスタンダードモデルを提唱することを目的としている。本年度は、日本におけるフタトゲのミトコンドリアゲノム(ミトゲノム)レベルおよびSNPレベルの分子系統学的および集団遺伝学的解析を行なった。 日本各地とオセアニア諸国で採集されたフタトゲおよび所属研究室で系統維持され繁殖方法が明らかになっている個体について、ミトゲノムのCDS塩基配列を用いた分子系統樹を作成した。その結果、日本産のフタトゲは大きく2つのクレードに別れたが、地理的隔離による分断は見られなかった。オセアニア産のフタトゲは日本産クレードの1つにまとまり、日本に生息するフタトゲと同じ系統に属していると考えられた。また先行研究において、cox1遺伝子部分領域を用いた分子系統樹からアメリカに侵入したフタトゲは単為生殖系統であるとされているが、本研究によるミトゲノムおよびcox1を用いた解析では繁殖形態による系統の分岐は見られなかった。 次にミトゲノムを解析した個体についてMIG-seqを行ないSNPを検出して、分子系統学的および集団遺伝学的解析を行なった。その結果、国内のフタトゲはミトゲノムと同様に地理的隔離による分断および繁殖形態による系統分岐は見られなかった。またニュージーランド以外のオセアニア産のフタトゲは独自のクレードを形成した。 これらの結果は、日本のフタトゲは地理的隔離の影響を受けない移動により日本全体で大きな集団を形成している可能性を示唆している。しかしニュージーランド以外のオセアニア地域のフタトゲは明確に隔離されており、日本から持ち込まれた単系統が生き残っていると考えられる。また繁殖形態による系統分岐は見られず、単為生殖型のフタトゲは複数回出現している可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は新型コロナウイルス感染症の爆発的流行を鑑み、大規模な野外サンプリングを行なうことができなかったため、当研究室で保存されていたフタトゲのサンプルを用いて、分子遺伝学的な解析を進めた。 まず大きな集団構造を明らかにするために、フタトゲのミトゲノムを増幅可能なロングレンジPCR法を確立した。その後、日本各地とオセアニア諸国で採集されたフタトゲおよび所属研究室で系統維持され繁殖方法が明らかになっている個体について、ミトゲノムのCDS13領域の塩基配列10,871bpを用いてベイズ推定による分子系統樹を作成した。その結果、ミトゲノムでは大きく2つのクレードに別れることがわかったが、地理的隔離による分断および繁殖形態による系統分岐は検出できていない。 さらに小さな集団構造を明らかにするために、フタトゲチマダニについて多座位におけるマイクロサテライトマーカーの開発を試みた。しかしデータベースに登録されているフタトゲチマダニの全ゲノムデータを用いてマイクロサテライト領域を探索したが、解析に有用なプライマーを設計することができなかった。そこでミトゲノムを解析した個体について、MIG-seqによるSNP検出を行なった。得られたSNPを用いてNJ法による系統樹を作成した結果、ミトゲノムによる結果と同様に地理的隔離および繁殖形態による系統分岐を示さなかったが、ニュージーランド産以外のオセアニア産のフタトゲは独自のクレードを形成した。またSTRUCTURE解析の結果、日本産のフタトゲはニュージーランド産のフタトゲと遺伝的に近縁である一方で、その他のオセアニア産とは異なった。その他のオセアニア産フタトゲでは、採集地の島が異なっているにも関わらず遺伝的特徴が類似していることがわかった。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、分子遺伝学的解析手法の開発に取り組み、フタトゲチマダニのミトゲノムを増幅するロングレンジPCR法を開発することができたが、多座位におけるマイクロサテライトマーカーを開発することができなかった。これは、フタトゲチマダニの全ゲノムが巨大であること、さらにデータベースに登録されている情報が不十分であることが原因と考えられる。しかし近年開発されたゲノム集約的なSNP検出手法であるMIG-seqを利用することで、多座位によるマイクロサテライトマーカーよりも有用な遺伝学的情報を得ることができたため、今後もMIG-seqを利用することとする。本年度の研究により、新たに開発したフタトゲチマダニのミトゲノムを対象としたロングレンジPCR法およびMIG-seqが、研究室継代維持株だけでなく野外で採集したサンプルにも利用可能であることがわかった。本年度に行なった解析から日本におけるフタトゲチマダニの分子系統学的特徴と繁殖形態の大まかな関係が明らかになりつつあるが、用いたサンプルは日本で広く採集された少数の個体であったため、集団構造および繁殖形態と分布拡大過程の関係を解明するに至っていない。そのため、今後は地理的に近い複数地点のそれぞれから多くの個体を採集し、ミトゲノムの分子系統学的解析およびMIG-seqによる集団構造解析を進める予定である。MIG-seqはソフトウェアStacksにおいて設定するパラメータによって、得られる情報が異なってくるため、フタトゲチマダニの集団遺伝学的解析に適切な値を探索する。また本年度および次年度得られる結果が、フタトゲチマダニに特有の現象なのか、あるいは他のマダニ種でも同様なのかを検証するために、ヤマトチマダニやオオトゲチマダニなど近縁種でも同様の解析を行なう。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は新型コロナウイルス感染症の爆発的流行が発生し、北海道および全国的な緊急事態宣言がなされたことから、宿泊を伴う大規模な野外サンプリングを行なうことができなかったため、次年度使用額が生じた。
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