我々は、骨格筋から同定した新規GPIアンカー型タンパク質MuGPI-APについて、その機能を生体レベルで解析するために、ノックアウトマウス(KOマウス)を作製し表現型を観察したところ、雄KOマウスと野生型雌マウスの交配で、1出産あたりの産仔数が有意に増加することを見出した。本研究では、この現象の分子機構を解析することで、雄性因子による新たな妊娠制御メカニズムの解明を目標とした。以下は3カ年の研究で得られた結果の概要である。1.MuGPI-AP KO精子についてin vitroでの性状解析を行い、この精子は直線運動性が野生型に比べて向上していることを認めたが、野生型精子と比較して体外受精率においては有意な差が認められなかった。2.MuGPI-APの精子受精能獲得プロセスでの分子動態について野生型精子を用いて調べたところ、受精能獲得培養液(HTF)で処理後30分で精子表面での発現が最大になり、120分後ではほぼ消失した。このことから MuGPI-APは精子の受精能獲得プロセスにおいて一過性に精子表面に露出し、その後消失すると考えられた。3.MuGPI-APの精巣内での発現細胞をデータベース検索により調べたところ、パキテン期精母細胞および円形精子細胞で発現し始めることがわかった。4.MuGPI-APKO精子と野生型精子を1:1で混合して、体外受精を行い、得られた受精卵を仮親に移植して、誕生した産仔の遺伝子型を調べたところ、ほぼ全ての個体がKO遺伝子を有していた。このことから、KO精子は、野生型精子に比べて受精しやすいことがわかり、雄KOマウスの表現型と矛盾しない。 今後は、特に結果4で見出された事象の分子機構を明らかにすることで、新たな妊娠制御メカニズムを発見し、不妊症の30%を占める原因不明の男性不妊との関連性を検討したい。
|