研究課題
妊娠高血圧症候群は全妊婦の5-10%が発症し、胎盤が起因となり母児共に深刻な影響を与える妊娠疾患の一つであり、根本的な治療法は妊娠終了しかない。胎盤を構成する主要な細胞である栄養膜(トロホブラスト)細胞の不適切な分化・浸潤は、胎児と母体両方に深刻な影響を与える妊娠高血圧症候群の原因となる。これまでげっ歯類のトロホブラスト幹細胞(TS細胞)を使った分化・浸潤機構の研究は行われてきたものの、ヒトなどの霊長類における生体レベルでの知見は乏しい。さらに最近樹立されたヒトTS細胞は浸潤性を獲得したEVT細胞や合胞体であるSyn-T細胞へと分化可能であるが、その細胞を使ったキメラ解析などの生体レベルにおける機能評価はヒト試料を用いる限り不可能である。そこで本研究ではヒトに最も近い動物モデルであるカニクイザルを用いて、生体レベルでのトロホブラスト細胞機能評価を行い妊娠高血圧症候群の発症メカニズムの解明を目的とする。前年度カニクイザルの胎盤および胚盤胞期胚から樹立したTS細胞に相当する幹細胞の分化能評価を行った。カニクイザル胎盤からシングルセルRNAシークエンス解析を行い、胎盤における各細胞種に特徴的に発現する遺伝子群の同定を行った。センダイウイルス由来因子をレンチウイルスベクターへ導入することでウイルスの力価を高めることが可能となり、カニクイザル胚盤胞にレンチウイルスベクターを感染させ高い生存率を維持したままトロホブラスト細胞へ遺伝子導入するための手法を開発した。
3: やや遅れている
前年度カニクイザルの胎盤および胚盤胞期胚から樹立したTS細胞は、免疫染色によりGATA3, ITGA6, TP63, KRT7, CDH1, TEAD4などのTS細胞のマーカータンパク質を発現していることがわかっていたが、これら細胞のSyn-T細胞およびEVT細胞への分化能は解析できていなかった。実際にヒトTS細胞と同様の手法で分化誘導を行ったところ、細胞の形態はSyn-T細胞およびEVT細胞様の形態とはならず、遺伝子発現もヒトTS細胞とは異なるパターンを示した。また、カニクイザル胎盤ではSyn-T細胞およびEVT細胞の確固たるマーカー遺伝子が同定されていなかったことから、分化能評価が難しい。そのためカニクイザル胎盤組織をシングルセル化し、単一細胞レベルでの遺伝子発現を行った。Syn-T細胞およびEVT細胞のマーカー遺伝子を複数同定することができた。このことからカニクイザルTS細胞はヒトと同様のメカニズムで幹細胞性を維持できるが、分化誘導法はさらなる検討が必要となることがわかった。カニクイザルのトロホブラスト細胞の機能評価を行うため、カニクイザルTS細胞へ蛍光タンパク質を発現させてラベリングし、生体内でキメラ胎盤を作製することを計画していたが、カニクイザルTS細胞の分化能評価が遅れているため、レンチウイルスベクターを用いた胎盤特異的遺伝子導入法を試みた。レンチウイルスベクターを胚盤胞期胚に感染させることで胎盤トロホブラスト細胞のみに遺伝子導入が可能となる。通常のレンチウイルスベクターをサル胚に感染させると大部分が死滅してしまうという問題があったが、前年度から引き続き使用しているセンダイウイルス由来因子をレンチウイルスベクターに導入してウイルス力価を高めることで、希釈によりウイルス粒子数を抑え、遺伝子導入を高効率に維持したまま胚発生率を改善することに成功した。
カニクイザル胎盤のシングルセルRNAシークエンス解析により、Syn-T細胞およびEVT細胞で特徴的なシグナル伝達経路を明らかにする。これによりカニクイザルTS細胞の分化誘導条件を同定し、キメラ胎盤作製に向けた条件検討を行っていく。分化能評価に成功した場合、樹立したTS細胞がカニクイザル生体内に寄与するか評価するために、GFPを発現するレンチウイルスベクターをカニクイザルTS細胞に感染させ、野生型カニクイザル胚盤胞期胚(または8細胞期胚)に注入する。その後仮親カニクイザルへ移植し、第一、第二、第三周産期の胎仔・胎盤をそれぞれ採取して、ラベリングされたTS細胞がサル胎盤に寄与するか評価する。さらにレンチウイルスベクターを用いたカニクイザル胎盤における遺伝子機能解析を試みる。申請者はこれまで行ってきた研究で、ヒトTS細胞を用いて抗血液凝固因子であるTFPIをノックダウンするとEVT細胞への分化が阻害されたことを明らかにした。そこで本研究ではCAGプロモーター制御下でTFPIのshRNAおよびGFPを発現するレンチウイルスベクターをカニクイザル胚盤胞に感染させ、仮親へ移植後、採取した胎盤の表現型解析を行う。胎盤内においてGFPでラベリングされたトロホブラスト細胞の各細胞種(EVT、Syn-T細胞)への分化能をマーカータンパク質の免疫染色により評価する。
カニクイザルTS細胞のSyn-T細胞およびEVT細胞への分化能評価系ができておらず、TS細胞がカニクイザル生体内に寄与するか評価するための実験が行えていなかったことが理由である。シングルセルRNAシークエンス解析によりカニクイザルトロホブラスト細胞の分化メカニズムを解析し、新しい分化誘導法の検討が必要である。また、現時点で進めているレンチウイルスベクターによる胎盤特異的遺伝子導入法にも助成金を使用する予定である。
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Proc Natl Acad Sci U S A
巻: 118(50) ページ: -
10.1073/pnas.2111267118.
巻: 118(10) ページ: -
10.1073/pnas.2016517118