研究課題/領域番号 |
20K15711
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
鯨井 智也 東京大学, 定量生命科学研究所, 助教 (70823566)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 自然免疫 / クロマチン / ヌクレオソーム / cGAS |
研究実績の概要 |
生物は、ウイルスなどの外来のDNAに対する防衛策を持っている。脊椎動物において、自然免疫の一つであるcGAS-STING経路はその防衛の中心的な働きを担っている。この経路ではまず、cGASが外来DNAを認識して結合して活性化し、2次メッセンジャーであるcGAMPを合成する。STINGはcGAMPを認識すると下流に続く経路を活性化し、炎症反応を引き起こす。cGAS-STING経路は多様な疾患に関係することが知られており、その異常は、自己免疫疾患、感染症をはじめ、癌、神経変性疾患などの多様な疾患の原因となることが知られている。 一方で、細胞は自身の設計図であるゲノムDNAを持っている。そのため、cGASは自己のゲノムDNAと外来DNAを区別して、自己ゲノムDNAに対しては応答を回避しなければならない。ゲノムDNAはヌクレオソームを基本とするクロマチン構造をとっている。重要な知見として、cGASはヌクレオソームに結合すると不活化されることがこれまでに報告されていた。しかし、ヌクレオソームによるcGAS不活化機構は不明であった。 本研究では、この機構の作動原理を明らかにするため、ヒトcGASおよびヌクレオソームを試験管内で調製し、cGAS-ヌクレオソーム複合体を再構成した。さらに、クライオ電子顕微鏡を用いてcGAS-ヌクレオソーム複合体の立体構造を解明し、ヌクレオソームによってcGASが不活性化される機構が明らかになった。本知見は、自然免疫の自己と非自己を区別する機構という、免疫分野において重要な問題に対して重要な情報を提供する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
昨年度は、研究計画に基づき、まず、ヒトcGASとヌクレオソームを調製し、cGASとヌクレオソーム複合体の再構成系を確立した。この複合体についてクライオ電子顕微鏡を用いて観察した結果、cGASによって多数のヌクレオソームが連なったスタックが形成されることが明らかになった。しかし、この複合体を単粒子構造解析によって構造決定することが難しいことが判明したため、cGAS-ヌクレオソーム複合体を再構成した後、スクロースと架橋剤の密度勾配遠心分離法であるGraFix法を用いることで、余分なcGASやヌクレオソーム分子を除きつつ、2分子のヌクレオソームを含む比較的小さな複合体ユニットを精製する方法を確立した。この複合体についてクライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析を行った結果、2分子のcGASが2分子のヌクレオソームを橋渡しするように結合した複合体構造を決定することに成功した。明らかになったヌクレオソームと結合した不活性型cGASの複合体構造をもとに、活性型であるDNA-cGAS複合体との構造比較を行った。その結果、cGASの活性化に必要な3つのDNA結合部位やcGASの2量体形成領域のすべてが、ヌクレオソームによって塞がれていることが明らかになった。さらに、cGASのヌクレオソーム結合領域についての変異体解析を行った結果、cGASのヌクレオソーム結合能が顕著に低下し、同時に、cGAS変異体はヌクレオソーム依存的な不活性化を受けないことが明らかになった。以上の結果は、米科学誌Scienceに掲載され、世界的に非常に高い評価を得た。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度の構造解析結果から、cGASはクロマチンに特異的に結合することが明らかになった。また、我々の論文発表と同時に他の5グループからcGAS-ヌクレオソーム複合体構造についての類似の解析結果が報告された。しかし、計6報の論文のうち、3報はマウスcGAS、3報はヒトcGASの解析であり、マウスcGASはヒトcGASと異なり、ヌクレオソームスタックを形成しないことが示唆され、cGASには種特異的な制御機構が存在する可能性が考えられた。そして特に、ヒトcGASは2分子のヌクレオソームを連結することでクロマチン構造を大きく変換する可能性が考えられた。クロマチン構造は、その構造を動的に変化させることでDNAへのアクセシビリティを変化させ、DNAの転写、複製、修復を制御していると考えられている。そこで、今後はcGASのクロマチン構造制御機構についての解析を行う。具体的にはヌクレオソームが連なるポリヌクレオソームを再構成し、cGASがポリヌクレオソームの形態に与える影響を、原子間力顕微鏡や密度勾配遠心分離、DNA消化酵素の感受性試験などによって評価する。そして、マウスcGASとの比較を行う。これらの解析から、cGASのクロマチン制御能を解明する。
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