研究課題/領域番号 |
20K15823
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研究機関 | 国立遺伝学研究所 |
研究代表者 |
藤田 智史 国立遺伝学研究所, 遺伝形質研究系, 博士研究員 (50844099)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 細胞壁 / リグニン / 活性酸素 |
研究実績の概要 |
細胞壁は細胞同士を接着し細胞に機械的な強度を植物に与える。その組成は細胞種や細胞の部位によって異なり、細胞分化・機能に密接に関係している。 本研究ではその特異的な細胞壁修飾の分子実体を解明するため、道管細胞をモデルとしている。道管細胞はリグニンを細胞外に多量に蓄積する。その細胞表面で活性酸素が局所的に発生することでリグニンがパターンをもって蓄積する。この活性酸素種の発生は細胞膜直下にある表層微小管が存在する範囲で行われていることが分かっているが、どのような機構がこれを可能にするのかは不明である。そこで本研究では道管細胞においてどのような因子がパターン化を持ったリグニン化に必要か、その分子的基盤を明らかにすることを目指している。 本研究では部位特異的に細胞壁が構築されるための機構を明らかにするため、その空間に存在するタンパク質を生化学的、もしくは分子遺伝学的に同定することを目的とした。具体的にはProximal labeling法とよばれる生化学的方法の適用を試みた。この方法は免疫沈降とは異なり、複合体の形成いかんにかかわらず近傍に存在するタンパク質を無差別にビオチン化することで、ドメインに存在するタンパク質を網羅的に同定する方法である。そのために必要な培養細胞株の樹立を目指しているが、複数のコンストラクトいずれでも形質転換体を得ることができていない。そこで同じコンストラクトをシロイヌナズナ植物体に形質転換したが、こちらも発現が確認できる形質転換体を得ることができなかった。ほかのアプローチとして道管のリグニン化に関与しているNADPH oxidaseを同定するために従来の掛け合わせとCRISPRによる変異導入を組み合わせて多重変異体を作成した。これまでのところ顕著な表現型は道管に見られていないのでさらなる多重変異体を作成する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
1)生化学的方法による網羅的アプローチ 植物の細胞壁は多様な糖やタンパク質からなる。この化学的多様性は多岐にわたる遺伝学的に冗長な酵素群に支えられており、それらの酵素を一括して同定することが細胞壁の化学的多様性およびその形成の空間的制御に重要であると考えた。これには従来の網羅的生化学的解析に加えて、空間的情報を保存する技術を組み合わせる必要がある。そこで最近他の生物で実用化されているビオチン化酵素を細胞に発現させる方法を植物において試すことにした。この方法はビオチン化酵素の近傍10 nm程度の距離にある無差別にビオチン化されたタンパク質を結合ビーズにより回収・濃縮して質量分析により網羅的に解析するproximal labelingとよばれる手法である。ここでは、この手法の植物における有効性を実証するため道管細胞の細胞膜の内側と外側にビオチン化酵素が局在するコンストラクトの形質転換を試みた。しかしながら、木部誘導培養細胞に形質転換ができず、植物体においても発現を確認することができなかった。現在発現を確認できるコンストラクトを模索中である。
2)遺伝学的解析 道管にリグニンを沈着させる重要な酵素の一つにNADPH oxidaseがある。この因子は、細胞内で様々な制御を受け、細胞外に活性酸素種を発生させることから、細胞の中から外にシグナルを伝える因子であり、今回注目すべき因子の一つであると考えた。シロイヌナズナにはゲノム中にNADPH oxidaseが10遺伝子コードされている。ここでは道管で発現しているNADPH oxidase遺伝子の多重変異体を作成することによってRBOHA,E,D三重変異体を作成したが、道管には顕著な表現型は見られなかった。今後さらに多重変異体を作出する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、道管細胞をモデルとして細胞壁の特異的な蓄積を担う実行因子の同定を目指している。現在、proximal labeling法を行うために培養細胞および植物体の道管でTurbo-IDを融合したタンパク質の発現を試みている。しかしながら2つの恒常的プロモーター、または誘導的に発現するコンストラクトを培養細胞に形質転換することを数度試みたが、いずれも形質転換体は得られなかった。シロイヌナズナ培養細胞にとってビオチン化酵素が有害であった可能性があり、誘導的に発現するコンストラクトを用いた場合でも多少発現がエストラジオール非存在下でも漏れ出てしまった可能性を考えている。 そこで形質転換がより簡単で確実に行える個体も用いたが、道管特異的なIRX3 promoterが安定して発現する部位が非常に狭く、蛍光も非常に微弱であったため、目的通りの局在をしているか確認することが困難であった。この問題の解決策としてほぼすべての細胞種を道管への分化させる形質転換体植物との交配を検討している。道管に分化する細胞を増やすことで詳細な局在の確認を行えるようにすると同時に道管細胞の割合を増やし、生化学的解析を行う。
逆遺伝学的手法においては細胞内から細胞外にシグナルを送る膜貫通タンパク質としてNADPH oxidaseに着目した。ここではその発現パターンからRBOHA,D,Eに特に着目して、CRISPRや従来の交配によって三重変異体を作出した。種の収量が顕著に低いものの正常に成長し道管に表現型は観察されなかった。これ以上の多重変異体の作成には一度2重変異体(たとえばA,E)に戻り、これにほかのNADPH oxidaseの変異を導入したのちもう一つ(この場合D)の変異を導入することが必要になると考えている。さらなる多重変異体の作成により、道管のリグニン化を行うNADPH oxidaseの同定を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究では、既存のコンストラクトを使うことができたため、予定していたものに比べプライマーの発注や、DNAシークエンスのコストが低く抑えられた。 研究の都合上、3次元イメージングの導入が必須となり、次年度では繰越分をあわせ、3次元イメージングに必要な高額ソフトウェアの購入を検討している。
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