脊椎動物において聴覚と平衡覚を担う感覚器である内耳は、蝸牛管や三半規管など複雑な形態をもつ膜迷路が内リンパという細胞外液で満たされ、そこに感覚有毛細胞が配置された構造をしている。内リンパは特殊な電気化学的組成をもち、有毛細胞が機械刺激を受容するために不可欠な生理学的環境を提供する。ただし、内耳の機能に欠かせない内リンパが脊椎動物の歴史においていかに獲得され、進化してきたかは未解明である。そこで本研究では、感覚器としての内耳の機能に必須な内リンパについて進化発生学的に探究している。 本年度も、昨年度から引き続き内リンパの産生メカニズムを異なる系統間で比較するために、ポンプやチャネルといったイオン輸送体の局在の解析を目的とした。まずは羊膜類のなかからマウスとニワトリ・ウズラの比較に焦点を絞り、内耳の組織切片における in situ hybridization により、内リンパ産生に重要であると考えられる遺伝子発現の比較を試みた。すると、ヒトを含む哺乳類で内リンパ産生の鍵となるチャネルである内向き整流性カリウムイオンチャネル Kcnj10やその他のイオン輸送関連分子が、ニワトリやウズラ内耳でも発現していた。これは従来、海外の研究チームによって唱えられ、学界で受け入れられている説を覆す結果であり、脊椎動物における聴覚の進化を考えるうえで重要な手がかりとなる可能性がある。現在、慎重に再現性を検証するとともに、さらに他の脊椎動物との比較を試みている。
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