研究課題/領域番号 |
20K15845
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
武石 明佳 国立研究開発法人理化学研究所, 脳神経科学研究センター, 理研白眉研究チームリーダー (30862007)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 温度 / 嗅覚 / 線虫 / 神経 / 行動 / イメージング / 統合 |
研究実績の概要 |
多くの生き物にとって、生存に適した場所へ移動するという行動は、有利な生存環境を獲得する手段の第一選択である。行動決定には、周辺の環境因子を瞬時かつ正確に感知して判断をする能力が必須である。単一刺激に対する応答メカニズムについては、これまでの研究で精力的に解明されてきたが、自然界では生き物は多刺激に晒されることが多く、複数の環境因子の情報がいつ、どこで、どのように統合されるのかについては未だ不明な点が多い。本研究では、線虫をモデル動物として用い、温度と匂い刺激を同時に与えるというシンプルな行動実験系において、多刺激の情報を統合する神経回路や分子機構を明らかにすることを目指している。 温度と匂いは線虫にとって、特に重要な環境因子である。線虫は餌の感知や危険物質から回避するために嗅覚が発達しており、嗅覚シグナルの変異体では、化学物質や餌に応答する行動(化学走行性)に異常が認められる。また、変温動物である線虫の体温は環境温度に依存し、生存に大きく影響するため、温度に非常に敏感である。線虫は飼育温度(Tc)を好み、温度勾配下ではTc領域に向かって移動する(温度走行性)。線虫の走行性を生み出す行動戦略は単純で、誘引物質に向かっている場合は前進、忌避物質の回避には旋回や後退を行う。多刺激の情報を統合するメカニズムの解明のため、温度勾配下で嗜好温度と誘引物質の間に線虫をおいて、温度または匂いのどちらに移動するかを調べ、遺伝学的手法やカルシウムイメージングを用いて、行動の選択に関与する神経細胞や分子を同定する。 2020年度は、匂いと温度刺激を同時に与える行動実験の装置を立ち上げ、同時に刺激を与えることで線虫がどのような走行性を示すのかを調べた。さらに、自由に行動する線虫を自動追跡し、温度刺激と匂い刺激を与えながらカルシウムイメージングを行う顕微鏡設備の導入を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
行動実験 - 理化学研究所の技術基盤支援チームとの共同制作により、線虫の行動を動画撮影できる温度勾配装置を作製した。誘引物質(匂い)として、イソアミルアルコール、ジアセチル、ベンズアルデヒド、2-3ペンタンジオンを用いて、様々な温度勾配や匂いの種類・濃度条件における線虫の行動を調べた。次に、カルシウムセンサーGCaMPを細胞特異的に発現する個体でカルシウムイメージングを行うため、GCaMPをそれぞれの細胞に発現する線虫系統を作製し、各系統が、野生型と同様の行動を示すことを検証した。これらの系統においてGCaMPの発現が行動変化を誘導しないことが示されたため、2021年度に行うカルシウムイメージングに用いる予定である。 カルシウムイメージング実験 - 線虫を自動追跡するステージを蛍光顕微鏡に導入し、自由に動く条件で各神経細胞の活動を観察する実験系を立ち上げた。さらに、上記の行動実験と同様の温度・匂い条件に線虫を晒した状態でイメージング解析を行えるよう、温度勾配装置を導入した。2020年度は組み上げた顕微鏡装置においてイメ―ジングを行うためのサンプル調整法を検討した。さらに、自動追跡技術の習得を行い、単一細胞でGCaMPを発現する線虫系統において、連続して30分以上の間カルシウムイメージングを行えるようになった。 (COVID-19の影響で研究中断期間があったことを考慮して評価した)
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今後の研究の推進方策 |
行動実験 - 匂いと温度刺激を同時に与える行動実験を継続する。野生型で、匂いに誘引される条件と温度に誘引される条件を探索し、行動実験の基礎データを取得する。さらに、神経伝達物質などの変異体において、行動がどのように変化するかを観察する。また、匂いや温度の感知は正常であっても、それらに同時に晒された時、情報の統合ができない変異体を探索するため、EMSを用いたスクリーニングを行う。 イメージング実験 - 行動実験の匂い・温度条件において、線虫の単一神経におけるカルシウムイメージングを行う。まず、温度走行性または化学走行性に関与する感覚神経や介在神経の活動を記録する。匂いのみ、温度のみ、また両刺激を同時に与えた時にどのような神経活動が見られるかを調べ、情報の統合を行う神経細胞の候補を同定する。その後、候補の神経細胞の活動を遺伝学的に抑制または活性化することにより、行動や他の神経細胞の活動がどのように変化するかを調べる。さらに、行動実験で野生型と異なる行動を示した変異体や、スクリーニングで得られた変異体において、候補の神経活動の活動を調べる。 これらの実験から、匂い情報と温度情報を統合する神経細胞と分子の同定を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
COVID-19パンデミックの影響で研究機関が一時的に閉鎖し、研究機関の工作室に依頼して作成する特注品のパーツ発注・納品に遅延が生じたため、次年度使用額が生じた。翌年度に特注品を作成し、当初、予定していた実験を全て行う予定である。
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