研究課題/領域番号 |
20K15881
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研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
矢口 甫 関西学院大学, 理工学部, 研究員 (10803380)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 社会性昆虫 / 防衛行動 / 行動可塑性 / 炭化水素 |
研究実績の概要 |
他個体の存在という環境要因を通じて行動パターンを可塑的に変化させる分子機構を明らかにするため,ネバダオオシロアリにおける他個体の認識にかかわる因子の特定とその受容機構を調べることを目指している.当該年度は行動生態学的解析と化学生態学的解析を推し進めた.行動生態学的な解析では,他個体の存在に応じて防衛行動は可塑的に変化するかどうかを検証した.シロアリ類の巣内には,他個体の世話を担う職蟻の他に,巣の防衛を専門にする兵隊が存在する.まず,職蟻1個体と兵隊1個体をそれぞれ隔離し,外敵役であるムネアカオオアリに対する噛みつき頻度をカウントした.その結果,兵隊は職蟻に比べて頻繁に噛みついた.次に,職蟻2個体を同居させる群と兵隊2個体を同居させる群をそれぞれ準備し,アリに対する噛みつき頻度をカウントした.その結果,両群とも2個体のうち最初にアリに噛みついた個体が頻繁に攻撃しつづけた.以上から,他個体の存在に応じて防衛行動を可塑的に変化させることが示唆された.化学生態学的解析では,兵隊と職蟻の体表化学成分に違いがあるかどうかを検証するために,体表炭化水素の組成パターンを比較した.ガスクロマトグラフィー(GC)分析を実施したところ,兵隊は職蟻に比べて炭素鎖の長い炭化水素の存在比が相対的に多い傾向が見られた.兵隊と職蟻は遺伝的な背景がほぼ同一であるため,体表炭化水素に見られる組成比の違いは生理状態を反映している可能性がある.ただし,GC分析に供した個体数が十分でないため,分析個体数を増やす予定である.なお,関連する結果の一部は国内学会(第65回日本応用動物昆虫学会)で発表した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究計画には,雌雄成虫による営巣初期の巣(初期コロニー)を使用することを含んでいた.初期コロニーは雌雄成虫の出現ピークである4~6月に大量に作製する必要がある.しかし,当該時期は新型コロナウイルスまん延に対する緊急事態宣言が発令された時期であったため,十分な数の雌雄成虫を確保するに至らなかった.そこで,兵隊と職蟻が大量に存在する成熟コロニーを対象にし,防衛行動の可塑性に関する実験を行った.2020年度に実施した研究は,他個体に応じた行動パターンを可塑的に変化させる分子機構の解明を目指す本研究課題の一環であり,研究計画を一部見直したものの期待通りの成果をあげることができたと判断している.今後は,実験材料を効率的かつ大量に採集するとともに,遺伝子発現解析に着手する予定である.
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今後の研究の推進方策 |
行動学・化学生態学・神経生理学的な手法を駆使する実験を展開させる.具体的には,体表成分の詳細な分析をカースト間で異なる炭化水素についてGC / MSを用いた成分の同定を試みると同時に,それを生じさせる遺伝子レベルの実験を実施する.また,社会状況を踏まえながら,研究資料(シロアリ)の採集に集中することで,2020年度に実施できなかった初期コロニーを用いた実験に着手する.
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスまん延防止に伴う研究活動の制限が2020年4月および5月に生じ,研究計画の一部変更を余儀なくされたことが要因の一つである.それに加え,研究計画案の方向転換によって得られた興味深い研究結果について,それを発展させるための大規模な遺伝子解析に期待以上の成果が見込まれると判断したためである.具体的な使用計画として,網羅的な遺伝子発現解析を外注する予定である.
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