シロアリの巣内には,他個体の世話を担うワーカーの他に,巣の防衛を担う兵隊が存在する.不妊カースト間の労働分業を制御する神経行動学的な背景は,アリなどの社会性膜翅目と比べ,シロアリではやや立ち遅れている現状である.そこで,他個体の存在という環境要因に応じて行動パターンを可塑的に変化させる分子機構を明らかにするため,ネバダオオシロアリにおける他個体の認識にかかわる因子の特定とその受容機構を調べることを目指した. まず,他個体の存在に応じて,防衛行動が可塑的に変化する可能性を検証した.ワーカーと兵隊が同居する状況において,兵隊が積極的に巣を防衛する一方,ワーカーは防衛に参加しない.しかしながら,ワーカー2個体だけの状況では,2個体の間で攻撃頻度に差が見られ,敵役であるアリに対して最初に噛みついた個体が積極的に攻撃しつづけた.この傾向は,兵隊でも見られた.したがって,シロアリは自らの置かれた状況を把握し,必ずしも総力戦で巣を防衛するとは限らないことが示唆された.この成果は,国際誌「Ethology」に掲載された. 次に,防衛行動の変化を生みだす遺伝子を探るため,脳を対象とした次世代シーケンサーを利用した網羅的な遺伝子発現解析(RNA-seq解析)を実施した.ワーカーと兵隊の脳を対象に遺伝子発現解析を行ったところ,両者の間で遺伝子発現パターンが顕著に異なることがわかった.また,兵隊とワーカーの脳内で高発現する遺伝子群をスクリーニングすることができた.これらの候補遺伝子は社会環境に応じて変化する可能性が高い.シロアリの脳内を対象にしたRNA-seq解析は世界で初めてであり,兵隊あるいはワーカーに特徴的な発現遺伝子はこれまでに報告のない未知遺伝子であることも考えられる.また,兵隊の脳で高発現する82遺伝子の塩基配列は,ワーカーの脳で高発現する56遺伝子に比べて,コドン3番目のGC比が比較的に高い傾向がみられた.
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