我々動物は、自己運動により生み出される視野全体の像の動きであるオプティックフローにより、姿勢や進行方向を調節している。これまでに、オプティックフローを区別するための重要な脳領域として前視蓋が同定され、様々な反応パターンを示すニューロンが混在していることが明らかとなった。しかし、個々の前視蓋ニューロンを区別して標識する技術が存在しないため、前視蓋ネットワークの機能解明には至っていない。本研究は、オプティックフローに反応する前視蓋ニューロンを特異的に標識し、1細胞RNA-seqを実施することで、遺伝子発現プロファイルから前視蓋ニューロンを分類することを目指した。前年度までに、オプティックフローに対して反応する神経細胞群の1細胞RNA-seqを完了していた(Moving条件)。遺伝子発現プロファイルから、様々な細胞集団を特定することに成功したが、前視蓋ニューロンを含むクラスターの特定には至らなかった。そこで本年度は、静止したまま動かない縞模様を提示した場合(Stationary条件)に標識される細胞について1細胞RNA-seqを実施し、Moving条件の解析結果と比較した。Stationary条件と比べ、Moving条件で細胞数が多いクラスターに着目し、複数の候補遺伝子を得た。その内4つの転写因子について、前視蓋ニューロンに発現しているかどうか、実際にオプティックフローに反応するかどうか調べるため、ゲノム編集技術によるTg系統の樹立や免疫組織化学染色、2光子顕微鏡を用いたカルシウムイメージングを実施した。その結果、これらの遺伝子を発現する神経細胞はいずれも前視蓋に位置し、様々な種類のオプティックフローに反応することが分かった。本研究では、CaMPARI2を利用した細胞標識技術と1細胞RNA-seqを組み合わせた独自技術を開発することで、前視蓋で発現する遺伝子の特定に成功した。
|