オリゴデンドロサイトは脳領域ごとに異なる形態や遺伝子発現を示す。このオリゴデンドロサイトの不均一性がどのような機能的意義を持ち、どのように生み出されるのかについてはまだほとんど理解が進んでいない。脳幹聴覚回路では、領域ごとに異なる長さのミエリンを形成して軸索配線の伝導距離の差を相殺することで、左右の耳に入力する音情報を正確に統合している。それによってマイクロ秒レベルの時間差(両耳間時差)を検出し、音源定位に寄与する。本研究では、研究代表者が独自に確立した複数の実験技術を駆使して、両耳間時差の検出を支えるオリゴデンドロサイト形態の領域差を多角的に解析し、領域差を生み出すメカニズムを明らかにすることを目的とする。 令和4年度は、これまで確立した要素技術を組み合わせ、機能的介入を行った際の成熟オリゴデンドロサイトの3次元形態の変化について定量的に解析した。BDNFとその受容体のTrkBをそれぞれオリゴデンドロサイトに強制発現をさせると、神経核近傍領域ではTrkB発現オリゴデンドロサイトのみが、対側投射領域ではBDNF発現オリゴデンドロサイトのみが特徴的な形態異常を示した。強制発現によるBDNF自己分泌の効果やTrkBシグナリングの活性化の程度は、細胞周辺に存在するBDNFの濃度よって変動し得る。そのため領域特異的に生じたオリゴデンドロサイト形態への影響は、細胞外BDNF濃度が神経核近傍領域で高く対側投射領域で低いという領域差を反映している可能性が示唆された。
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