先天的行動は、動物の学習や経験に依存せずに認められることから、遺伝的に保存された特定の神経回路によって駆動されると考えられる。この現象を説明するために、外界からの感覚入力を起因とした特定の神経回路の活性化が生じるとされる Labeled line仮説が提唱されているが、その詳細なメカニズムは明らかとされていない。そこで、本研究では、先天的行動を生じさせるモデルとして、マウスに天敵臭を呈示した際の防御行動を用いて、 動物の生存戦略を担う Labeled line 回路の同定を目指した。その結果、狂犬病ウイルスを用いた神経回路トレーシング、特定神経細胞活動の観察・操作によって、天敵臭によって生じる防御行動を制御する責任領域として扁桃体梨状皮質遷移野を同定し、同領域が天敵臭の呈示によって活動を増加させること、さらにこれらの活動変化が逃避行動に必要であることを明らかとした。 また、動物は生存戦略上の脅威となる危険シグナルを受容すると、その情報入力が一過的であっても、持続的な行動変容を示す。しかしながら、その神経回路機構は未解明である。 そこで、マウスに先天的な恐怖行動を誘導する天敵臭類似物質の呈示後に生じる持続的な防御行動変容モデルを新たに確立し、In vivo カルシウムイメージング法およびシリコンプローブ電極を用いた神経活動記録、光遺伝学を用いた神経活動操作によって、先天的な防御行動変化を誘導するメカニズムの解明を目指した。その結果、先天的恐怖臭の暴露後、数分間におよぶ防御行動の亢進が生じ、この持続的な行動変化にも扁桃体梨状皮質遷移野の活動が必要であることを明らかとした。本研究は、先天的行動を制御する神経回路メカニズムの理解だけでなく、持続的に生じる神経活動亢進という神経回路特性が個体の生存戦略として機能するという新たな知見を提供するものである。
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