研究課題/領域番号 |
20K15981
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研究機関 | 分子科学研究所 |
研究代表者 |
谷中 冴子 分子科学研究所, 生命・錯体分子科学研究領域, 助教 (80722777)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 抗体 / グライコフォーム / NMR / MDシミュレーション / 量子ビーム溶液散乱 / 糖鎖 / アロステリック |
研究実績の概要 |
免疫グロブリンG(IgG)のFc領域に結合している一対のN型糖鎖に着目して、その構造バリエーションと分子構造ダイナミクス、ひいては機能との連関を予測するための新規なアプローチ法の開発を進めた。初年度は申請者のグループが決定した結晶構造を基に、グライコフォームを改変したFcをin silicoでモデリングして分子動力学(MD)計算の初期構造として、水分子を露わに含んだ全原子計算をマイクロ秒スケール実施し、糖鎖を含めたFcのコンフォメーション空間探査に着手した。その一方で、MD計算で得られた構造アンサンブルの中に隠された情報を読み解くための理論的アプローチ法の構築を進めた。さらに、MD計算の結果をNMR分光法を用いて実験的に検証するための準備を整えた。Fcの主要なグライコフォームはN型糖鎖の非還元末端のガラクトース残基とフコース残基の有無によるバリエーションを有する。これらのグライコフォームについて、NMR計測を行うのに十分な量の安定同位体標識試料を調製するための条件を確立した。すなわち、糖鎖構造が均一かつ対称なFcを細胞生物学的手法とin vitro酵素反応法によって調製するプロトコルを整えた。これにより、安定的に均一構造構造を持つFcを大量調製することが可能となった。この方法を用いて均一な糖鎖構造を有するマウスFcを作成し、良質なNMRスペクトルを得ることができた。得られたNMRスペクトルの解析を行い、蛋白質主鎖と糖鎖に由来するすべてのNMRピークを帰属することに成功した。NMRスペクトルの解析の結果、Fcの非還元末端のガラクトース残基を除去することで、Fc分子内の糖鎖-タンパク質間の相互作用ネットワークが変動し、それに伴ってFcの四次構造も変化することが明らかとなった。このようなFcの四次構造変化は、IgGとエフェクター分子との相互作用に影響を与えるものと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度は本研究課題で取り組む3つの項目のうちの2つ「糖鎖のバリエーションに依存したFcの分子構造ダイナミクスの探査」、および「グライコフォームに依存した抗体の機能の探査」について取り組み、本研究課題の目標を達成するための基盤を構築することができた。特に、項目1について、NMRを用いてMD計算の結果を実験的に検証するための基盤を盤石なものとすることができており、それらの成果を基に原著論文を発表するに至った。そのため、計画以上に研究が進展しているものと判断した。
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今後の研究の推進方策 |
NMRと量子ビーム溶液散乱の計測を通じて得られた構造データとMDシミュレーションに基づいて構築したアンサンブルモデルから導き出されるデータを照らし合わせて、MD計算のプロトコルを検証・最適化する。確立したプロトコルを用いてヒトIgG1-Fcの各グライコフォームを対象にアンサンブルモデルを得る。以上のプロセスを経て得られた一連のFcグライコフォームのアンサンブルモデルのそれぞれについて、遠位に位置するアミノ酸残基や糖残基の間の動態変化を相関付けることで、Fc分子内に張り巡らされたアロステリックネットワークを浮き彫りにする。抗体の機能評価にあたっては、抗体の各グライコフォームとエフェクター分子との親和性を定量解析し、グライコフォームと機能を関連付ける。 実験的検証を経た構造アンサンブルのデータに基づいて、他のグライコフォームの機能との関連についての法則性を見出し、各グライコフォームの抗体について、その機能を予測する。これにより、アロステリックネットワークと機能の関連を検証する。
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