本課題では、免疫グロブリンG(IgG)のFc領域に結合している一対のN型糖鎖に着目して、その構造バリエーションと分子構造ダイナミクス、ひいては機能との連関を予測するための新規なアプローチ法の開発に取り組んだ。 分子動力学(MD)シミュレーションにより、グライコフォームを改変した一連のFcのコンフォメーション空間探査を行い、各グライコフォームについての動的構造アンサンブルを取得した。MDシミュレーションの結果の妥当性を量子ビーム溶液散乱や核磁気共鳴(NMR)法などの実験的手法により検証した。とりわけ、NMRについてはヒトIgGのFcのタンパク質主鎖と糖鎖に由来するすべてのNMRピークを帰属することに成功し、得られた一連のFcグライコフォームのNMRスペクトルデータに基づき、グライコフォームの変動に伴うFcの構造変化を定量化することができた。 一方で、糖鎖をモデル分子として、構造アンサンブルを包括的に取り扱うアプローチ法を確立した。この方法を応用して、NMRデータとMDシミュレーションの結果を統合し、Fcの分子構造中の糖鎖-タンパク質の相互作用ネットワークを明らかにする基盤を構築した。これにより、Fcのグライコフォームの改変の影響を分子内でアミノ酸残基に伝播するハブとなる糖残基の存在を突き止めることに成功した。その結果、Fcの糖鎖とアミノ酸残基の間に存在するアロステリックネットワークを浮き彫りとすることができた。 さらに、抗体とエフェクター分子との親和性を定量解析し、糖鎖の構造バリエーションが機能に及ぼす影響を明らかにした。水素-重水素交換質量分析法により、Fab中に存在するFcγ受容体の相互作用部位が抗原認識に伴ってアロステリックに変化し、IgGの受容体親和性が向上することも明らかとなった。
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