恐怖などの情動体験は記憶され強く残る。しかし、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症機構をはじめ、過度に恐怖記憶が形成される機構には、不明点が多く、根本治療薬も存在しない。そこで、本研究では、情動体験時に分泌されるグルココルチコイドやノルアドレナリンによる海馬細胞内外の亜鉛イオン動態の変化に着目し、情動記憶の形成機構を検討した。 初年度、ストレスの影響を受けやすい部位とされる海馬のCA1領域において、アドレナリンβ受容体活性化条件でグルココルチコイドは、記憶の分子メカニズムである長期増強LTPを増大すること、その増大には海馬細胞外から細胞内への亜鉛イオン流入が関与することが示された。昨年度は、海馬へ情報が入力される主要な領域である歯状回において解析を行い、歯状回のLTPはグルココルチコイドによる抑制を受けにくいこと、アドレナリンβ受容体活性化条件においてもグルココルチコイドにより増強されないことが示唆された。本年度は、実際の恐怖記憶形成時の作用を検討するため、ラットにSPS(Single Prolonged Stress)ストレスを負荷することでPTSDモデルを作出した。PTSDモデルでは、海馬の歯状回領域において、神経伝達効率は減弱傾向が見られた一方で、LTP誘導は促進傾向が見られた。次にCa透過型AMPA受容体は、LTP誘導により海馬膜上で増加し、海馬細胞内への主要なZnイオン流入経路でもあるため、LTP誘導後の海馬膜上でAMPA受容体のサブユニットであるGluR1およびGluR2を検出した。LTP誘導後の海馬細胞膜上のAMPA受容体発現量は、Controlと比較しPTSDモデルにおいて減弱した。本検討から、PTSDでは、Controlとは異なる機構でLTPが誘導され、Znイオン制御機構も変化することで、強固な記憶形成に繋がる可能性が示された。
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