心収縮力機能低下を伴わない拡張機能障害に基づく心不全の患者数は近年増加傾向にある。現在、拡張機能の改善に焦点を当てた治療薬は存在せず、心筋の拡張メカニズムの詳細な解明と拡張機能をターゲットとした治療戦略の確立が望まれている。本研究ではこの拡張機能障害と活性酸素種(ROS)による酸化ストレスとの関連に注目し、拡張機能障害の発生機序の解明と新たな治療戦略開発につなげることを目的とする。今年度は、昨年度までにマウス摘出心室筋組織標本の弛緩時間を短縮させることが明らかとなったquercetinについて、そのターゲット分子の解明と、弛緩時間短縮と抗酸化活性の関係について評価を行った。 マウス心室筋組織標本において観察されるquercetinによる弛緩時間の短縮は、Na+/Ca2+交換機構の阻害薬では抑制されず、筋小胞体上に存在するCa2+ポンプ(SERCA)の阻害薬によって抑制された。したがって、quercetinによる弛緩時間の短縮は、SERCAを介して引き起こされていることが明らかとなった。また、Hela細胞に細胞内ROSの検出が可能な蛍光色素を導入してROSを可視化し、quercetinの抗酸化活性の評価を行ったところ、ROS発生薬の処置による細胞内ROSの上昇がquercetinにより抑制されることが明らかとなった。ただし今回の実験条件では、抗酸化活性を示したquercetinの濃度は、弛緩時間の短縮が確認された時よりも高濃度であった。 本研究全体の研究成果としては、ellagic acid、gingerol、quercetinにSERCAを介してマウス心室筋の弛緩時間を短縮させる作用が確認され、これらは糖尿病マウスで観察された拡張機能障害を改善し得ることが示唆された。また、quercetinは抗酸化活性を示したが、弛緩時間短縮作用との関連については更なる検証が必要である。
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