研究課題/領域番号 |
20K16028
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研究機関 | 大分大学 |
研究代表者 |
小坂 聡太郎 大分大学, 医学部, 医員 (60835700)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | SLPI / DSS腸炎 / 大建中湯 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は炎症性腸疾患(IBD)におけるSLPIの役割を明らかにすること,大建中湯のSLPI発現誘導を介した腸炎保護効果を解明することである. まずSLPIの腸管における機能を明らかにするため,野生型マウス(WT群)とSLPI欠損マウス(KO群)にDSS腸炎を誘導し,重症度を体重変化,臨床症状,病理組織学的評価, 炎症性サイトカインの発現量測定(qRT-PCR)で比較した.好中球浸潤は免疫染色,腸管上皮細胞のアポトーシスはTUNEL染色で評価した.その結果KO群は対照群と比較し,腸炎が重症化し生存率が低下した.結腸組織では高度の炎症所見を認め,好中球の浸潤が増加した.炎症性サイトカインの発現は有意に増加し,上皮のアポトーシスは亢進した.このことよりSLPIは腸管において粘膜保護的に作用する重要な分子であることが示唆された.IBDでは活性化した好中球が分泌するプロテアーゼが腸管上皮バリア(IEB)を破壊することで病態が悪化することが知られている.またSLPIには抗菌作用の他に抗プロテアーゼ作用が報告されている.そのため,両群のIEBの機能をFITC-dextranによる膜透過性試験で評価すると,KO群で有意にバリアが傷害されていた.さらに好中球エラスターゼ(NE)の活性を基質分解アッセイで評価したところ,KO群でNE活性が増強した.これらよりSLPIはNE活性を抑制しIEBを保護することで腸炎に対し保護作用を示すことが判明した. 次に大建中湯のSLPI誘導作用について検討した.大建中湯を3週間混餌投与した野生型マウスの結腸におけるSLPIのmRNAの発現をqRT-PCRで解析すると,大建中湯無投与マウスと比較し約3倍に発現が増加した.またin vitroにおいて腸上皮細胞株を大建中湯と共培養し,SLPIの発現をqRT-PCRで測定したところSLPIの発現が約6倍に増強した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の予備実験ではDSS投与後の体重が野生型マウス(WT群)と比較しSLPI欠損マウス(KO群)でより減少する傾向を認めていた.本年度ではこの結果の再現性を得るとともにKO群で臨床症状の悪化と生存率の低下が生じることを明らかにした.またDSS腸炎によりWT群の結腸においてSLPIの発現が増強することがリアルタイムPCRおよびウエスタンブロット法により明らかになり,SLPIは結腸において炎症性刺激により増加することが示唆された.併せてKO群ではDSS腸炎の有無に関わらずSLPIが発現しないことも確認した.また,腸炎を誘導した両群のマウスの詳細な解析も行った.HE染色およびMasson-Trichrome染色によりKO群で組織の炎症および線維化が高度であることを明らかにし,ミエロペルオキシダーゼ免疫染色で好中球浸潤が高度であることを明らかにした.また炎症性サイトカイン(TNF-α,IL-6,Il-1β,IL-12p40等)の発現もKO群で高度であった.これに加え,FITC-dextran投与によりバリア機能がKO群で低下しており,結腸の好中球エラスターゼ活性がKO群で高度であることも明らかにした.これらの結果よりSLPIはエラスターゼ活性を抑制し腸管上皮バリアを保護することで腸炎に対し保護作用を発揮することが示された. 一方でin vivoにおいて大建中湯の短期投与(3日間投与)によりSLPIが結腸で増強することが予備実験で判明していた.本年度は大建中湯の長期間投与(3週間投与)でもマウス結腸内でSLPIが増加することを示し,またin vitroにおいても大建中湯は腸上皮細胞からSLPIを誘導することを明らかにした. 上記実験は研究計画書に沿って行い,本研究の目的を達成する上で重要なデータを得ることができたと考える.
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今後の研究の推進方策 |
本年度の実験によりSLPIに腸炎保護作用があることが明らかになった.今後は実際SLPIに治療効果があるかどうかを調査するため,リコンビナントSLPIを腸炎誘導マウスに胃管投与することで,腸炎改善効果について検証する予定としている. また大建中湯にはSLPI誘導作用があることが確認された.我々は,本研究においてDSS腸炎を野生型マウスおよびSLPI欠損マウスに誘導し大建中湯を投与すると,野生型マウスではSLPIが発現することで腸炎改善作用を示し,SLPI欠損マウスではSLPIが発現しないので改善効果はないという仮説を立てた.この仮説を以下の実験により明らかにする. 野生型,SLPI欠損マウスに大建中湯を3週間経口投与した後にDSS腸炎を誘導し,腸炎の感受性を評価比較する.まずは大建中湯をDSS腸炎を誘導した野生型マウスに投与し,腸炎改善作用があるかどうかを調べる.続いてSLPI欠損マウスにおいても同様に大建中湯を投与し改善作用があるかどうかを調べる.これらの実験で野生型マウスのみで大建中湯による腸炎改善効果がみられた場合,大建中湯がSLPI発現を介して腸炎を改善することが証明できる. さらに,SLPIには抗菌作用があるため,SLPI欠損による腸内細菌叢の変化や,大建中湯の投与による腸内細菌叢の変化が腸炎の重症度に影響を及ぼしているかどうかをメタ16S rRNAシーケンシングにより解析する.腸内細菌叢に変化が見られた場合,その代謝産物にも変化が生じているかどうかをGC/MSで解析する.
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度はDSS腸炎を安定して誘導することができ,DSS試薬と購入マウス数が少なく済んだ. また新型コロナウイルスの影響で学会が全てオンライン開催となり,旅費が削減された. そのため本年度使用額が減少したと考えられる. 次年度は免疫染色用の抗体やエラスターゼ測定キットの購入が増えることが予想され,さらに腸内細菌解析を外注委託する可能性があり,翌年度分として助成金を請求した.
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