研究課題
本研究の目的は炎症性腸疾患(IBD)におけるSLPIの役割を明らかにし,大建中湯のSLPI発現誘導を介した腸炎保護効果を解明することである.昨年度にSLPIはプロテアーゼを抑制し腸管上皮バリアを保護することで腸炎を軽減することを示した.本年度はプロテアーゼ阻害薬およびリコンビナントSLPI(rSLPI)をDSS腸炎誘導マウスに投与しその治療効果を検討した.その結果,プロテアーゼ阻害薬またはrSLPIを投与した腸炎誘導マウスの腸炎が軽症化した.SLPIはIBDの治療に有望であると考えた.次に大建中湯のSLPI誘導を介した腸管保護作用について検討した.本年度はウエスタンブロットを用いタンパクレベルでSLPI発現が結腸で増強することを示した.次に野生型マウスとSLPI欠損マウスにおいて,大建中湯によりDSS腸炎が改善するかを調査した.まず野生型マウスを2群用意し,対照群(WT-CON群)は通常餌,大建中湯群(WT-DKT群)には大建中湯を混じた餌を21日間投与し,腸炎を誘導した.WT-DKT群では体重減少,臨床症状,結腸短縮,組織学的炎症所見,炎症性サイトカイン発現が有意に抑制された.以上より,野生型マウスでは大建中湯によってDSS腸炎が軽減することが示された.続いてSLPI欠損マウスにおいて大建中湯がDSS腸炎を改善するかどうかを検討した.SLPI欠損マウスを2群準備し,対照群(KO-CON群)は通常餌,大建中湯群(KO-DKT群)には大建中湯を混じた餌を14日間投与し,腸炎を誘導した.腸炎の重症度は野生型マウスと比較しKOマウスで重症であった.さらに欠損マウスではKO-CON群とKO-DKT群で体重変化,臨床症状,結腸長,組織学的所見,炎症性サイトカイン発現に有意差を認めなかった.以上よりSLPI欠損マウスでは大建中湯を投与してもDSS腸炎は改善しないことが示された.
2: おおむね順調に進展している
昨年度まででSLPIの結腸における生理的機能について,SLPIはNE活性を抑制し腸管上皮バリアを保護することで腸炎に対し保護的に働く分子であることを示した.本年度ではさらに,SLPIの治療効果を明らかにした.すなわち,rSLPIやプロテアーゼ阻害剤がマウス実験腸炎を改善することを証明し,SLPIのIBDにおける新規治療ターゲットとしての可能性を示した.上記研究成果は“Protease inhibitory activity of secretory leukocyte protease inhibitor ameliorates murine experimental colitis by protecting the intestinal epithelial barrier”として論文にまとめ,Genes to Cells誌に掲載された.さらに大建中湯のSLPI誘導を介した腸炎保護作用に関する実験においては,昨年度までに大建中湯が腸上皮細胞株およびマウス結腸でのSLPIのmRNA発現を増強することを示した.そのため本年度は大建中湯により結腸で発現したSLPIがDSS腸炎を軽減するかを調べた.その結果,大建中湯を投与した野生型マウスの腸炎は軽減した(体重減少,臨床症状,結腸短縮,組織学的炎症所見,炎症性サイトカイン発現が大建中湯投与群で有意に軽減).SLPI欠損マウス(KO)では野生型マウスと比べ腸炎が重症となり,さらに大建中湯を投与してもKOマウスの腸炎は軽減しなかった(体重減少,臨床症状,結腸短縮,組織学的炎症所見,炎症性サイトカイン発現は大建中湯を投与しても変化は見られなかった).これより大建中湯はSLPI発現による保護効果によりDSS腸炎を軽減することが示唆された.上記実験は研究計画書に沿って行っており,本研究の目的を達成する上で重要なデータを得ることができた.
本年度までの実験によりSLPIの腸炎保護作用と腸炎に対する治療効果が明らかになった.また大建中湯には結腸におけるSLPI誘導作用があることが確認された.さらに,大建中湯を投与した野生型マウスのDSS腸炎は軽減した一方で,野生型と比較し重症化したSLPI欠損マウスのDSS腸炎は,大建中湯を投与しても軽減しなかったことより,大建中湯はSLPIの発現による保護効果によりDSS腸炎を軽減することが示唆された.今後は大建中湯投与マウスの腸管上皮バリア機能をFITC-dextran投与実験で調べ,実際の好中球エラスターゼの活性についても基質分解アッセイで評価する予定である.さらに,SLPIには抗菌作用があるため,SLPI欠損による腸内細菌叢の変化や,大建中湯の投与による腸内細菌叢の変化が腸炎の重症度に影響を及ぼしているかどうかをメタ16S rRNAシーケンシングにより解析する.腸内細菌叢に変化が見られた場合,その代謝産物にも変化が生じているかどうかをGC/MSで解析することとしている.また,大建中湯の有効成分のうち,どの成分がSLPI発現増強に関与しているのかを検討する.すなわち,腸上皮細胞株を大建中湯の有効成分であるコンパウンドKやジンセノサイド等で刺激し,SLPIの発現が増強するかどうかをリアルタイムPCRやウエスタンブロットで評価する.
今年度もDSS腸炎を安定して誘導することができ,DSS試薬と購入マウス数が少なく済んだ.また新型コロナウイルスの影響でオンライン開催となった学会が多く,旅費が削減された.そのため本年度使用額が減少したと考えられる.次年度はFITC-Dextran試薬やエラスターゼ測定キットの購入が増えることが予想され,さらに腸内細菌解析やガスクロマトグラフィー解析を外注委託する可能性があり,翌年度分として助成金を請求した.
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