膵β細胞から分泌されるインスリンは血糖値の調節に必要不可欠であり、インスリン分泌異常は糖尿病を始めとした様々な疾患の原因になる。高濃度のグルコース下では膵β細胞内のミトコンドリア内腔にカルシウムイオンが流入することで代謝能が上昇すると考えられている。一方で、過度な流入はアポトーシスを誘導し得ることも知られている。このことから、代謝能の促進ひいてはインスリン分泌の促進と細胞死を分けるミトコンドリア内腔へのカルシウムイオン流入量の境界を決める因子を探索することを目的とした。 ミトコンドリア内腔のカルシウムイオンを可視化することでその動態を詳細に観察した結果、グルコース濃度にかかわらず、膵β細胞のミトコンドリア内腔へのカルシウムイオン流入は僅かであった。ノックダウンスクリーニングにより発現を抑制することでミトコンドリア内腔へのカルシウムイオンの流入が上昇する遺伝子を発見した。これらの遺伝子のノックダウンにより、ミトコンドリア内腔へのカルシウムイオンの流入を増やしても高濃度グルコースに応答したATPの産生やインスリン分泌も上昇することはなかった。ミトコンドリア内腔へのカルシウムイオンの流入量をさらに増やすと、細胞質のカルシウムイオン動態に異常をきたし、細胞死も誘発された。 これらの結果から、膵β細胞におけるミトコンドリア内腔へのカルシウムイオンの流入は従来考えられていた以上に厳密に制御されており、この制御メカニズムが崩壊するとインスリン分泌の低下やβ細胞死を誘発することが示された。本研究で得られた知見はインスリン分泌異常の病態の解明にこれまでとは異なった視点を提供し、ひいては新たな治療法や治療薬の開発につながることが期待される。
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