研究課題/領域番号 |
20K16182
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研究機関 | 愛知医科大学 |
研究代表者 |
陸 美穂 愛知医科大学, 医学部, 助教 (50762390)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 乳癌 / 上皮間葉転換 / クロマチン再構築因子 |
研究実績の概要 |
本研究を開始するにあたり、まず約20種類のヒト乳癌細胞株およびヒト正常乳腺上皮細胞株におけるTSHZ2の発現状況をタンパクレベルで比較検討するために、Western Blottingおよび免疫組織化学染色を行った。更に、その結果を用いてTSHZ2のノックダウンおよび強制発現の実験を行うのに適した培養細胞を選択した。 ①TSHZ2の低下により細胞が獲得する形質変化の解析 TSHZ2の発現がみられる細胞のTSHZ2を低下させ、それにより細胞が獲得する形質の変化を解析した。培養細胞を用いて正常乳腺上皮細胞株のTSHZ2をノックダウンし、上皮間葉転換でみられる形態の変化に加え、細胞の悪性形質獲得に関わる遺伝子の発現状況の変化につき、半定量RT-PCR、Western Blotting、免疫組織化学染色等を行うことにより検討した。また、TSHZ2の発現が低下した状態にある乳癌培養細胞株においてTSHZ2をさらに低下させた場合、癌としての悪性形質が促進されることをWestern Blotting、半定量RT-PCR等により確認した。これらの実験に加え、CRISPR-Cas9システムを用いた正常乳腺上皮細胞株および乳癌細胞株のTSHZ2遺伝子ノックアウト細胞株の樹立を行った。 ②TSHZ2によるクロマチン再構築の制御機構の解明 TSHZ2が相互作用するBAF複合体を中心としたクロマチン再構築因子の同定を行うため、正常乳腺上皮細胞株および乳癌細胞株を用い、内因性のTSHZ2あるいは強制発現したTSHZ2を標的とする抗体を使用した免疫沈降実験を行いクロマチン再構築因子との相互作用をより詳細に明らかにした。 さらに、これらの結果が悪性腫瘍全体の中で乳癌特有の現象なのかについて解析するために、剖検検体から得られた乳癌以外の腫瘍組織を利用した解析も行い、報告した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究を始めるための予備実験として、Western Blottingおよび免疫組織化学染色を行い、ヒト乳癌細胞株およびヒト正常乳腺上皮細胞株におけるTSHZ2の発現状況をタンパクレベルで詳細に比較検討した。その結果を用いることでその後のTSHZ2を発現低下あるいは強制発現させて行う実験に最適な培養細胞を選ぶことができた。次に当初の計画通り、TSHZ2が発現している細胞のTSHZ2をノックダウンさせ、それにより細胞の形質がどのように変化するかについて解析した。培養細胞を用いた半定量RT-PCR、Western Blotting、免疫組織化学染色等の実験を行うことにより、正常乳腺上皮細胞株のTSHZ2の発現レベルを低下させ、細胞が上皮間葉転換を起こしたと思われる形態変化に加え、細胞の悪性形質獲得に関連した遺伝子の発現レベルの変化について検討した。また、TSHZ2の発現レベルが低い状態にある乳癌培養細胞株のTSHZ2をさらにノックダウンし、ほぼ発現がない状態にさせた場合に、悪性形質に関わる遺伝子の発現状況がさらに悪性化する方向に変化することを確認した。また研究計画のとおり、正常乳腺上皮細胞株および乳癌細胞株を用い、TSHZ2が結合するBAF複合体を中心としたクロマチン再構築因子を同定するため、細胞に存在する内因性のTSHZ2あるいは人為的に強制発現させたTSHZ2を標的とする抗体を使用して免疫沈降実験を行い、クロマチン再構築因子とTSHZ2の関連をより詳細に明らかにした。当初の計画に加え、CRISPR-Cas9システムを用いた正常乳腺上皮細胞株および乳癌細胞株のTSHZ2遺伝子のノックアウト細胞株の樹立を試みた。樹立された細胞株を用いることによって当初の計画で得られた結果を更に裏付ける成果を得ることができる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の計画としては、まずTSHZ2により制御される上皮間葉転換関連転写因子およびその誘導因子の抽出を行う予定である。具体的には、TSHZ2をノックダウンあるいはノックアウトした正常乳腺上皮細胞株および乳癌細胞株を用いてATAC-sequence(網羅的オープンクロマチン領域解析)を行い、TSHZ2の発現レベルが低下した際にオープンとなり転写が活性化するクロマチン領域を同定する。その領域の中から、TSHZ2により制御される上皮間葉転換に関連した転写因子およびその誘導因子を抽出し、その結果の解析からTSHZ2が上皮間葉転換関連転写因子の発現を制御する機構を解明する。 上記の結果をふまえ、TSHZ2、上皮間葉転換関連転写因子、BAF複合体の発現状況と臨床病理学的特徴の関連を解析する。方法としては、ATAC-sequenceで抽出された、TSHZ2により制御される上皮間葉転換関連転写因子に対する抗体を購入し、実際の乳癌組織の免疫組織化学染色を行う。乳癌組織での上皮間葉転換関連転写因子の発現状況と抗TSHZ2抗体、抗BAF複合体構成因子抗体を用いた免疫組織化学染色の結果を解析し、それらの発現状況の相関性を検証する。さらに、乳癌のLuminal、Basal、HER2といったサブタイプ分類やステージ、組織学的悪性度などの病理学的特徴や、化学療法の効果、転移再発した臓器、再発までの期間といった臨床情報との関連性につき解析することで、TSHZ2が乳癌の治療効果や予後予測のバイオマーカーとして活用できる可能性について提唱できると考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度の実験は主にTSHZ2の発現量を人為的に変化させた場合の形質変化を分析することが主体であったため、当研究室で既に保有していた細胞株および抗体、ベクターを用いて既存の実験系で実現できたため、低予算かつ想定以上のスピードで行うことができた。次年度は、TSHZ2が制御する上皮間葉転換関連転写因子とその誘導因子を見出すことを計画している。TSHZ2を発現低下あるいは過剰発現させて正常乳腺上皮細胞株または乳癌癌細胞株を用いてATAC-sequence(網羅的オープンクロマチン領域解析)を行い、TSHZ2の発現レベルに関連してオープンまたはクローズとなるクロマチン領域を同定したいと考えている。その中から、TSHZ2により制御される上皮間葉転換に関連した転写因子およびその誘導因子を抽出し、TSHZ2が上皮間葉転換関連転写因子の発現を制御する機構を解明する。これまでの予備実験から、TSHZ2は一つのシグナル伝達系ではなく複数のシグナル伝達系の転写制御に関わっていることが予想されており、この実験には多くの転写因子に対する抗体やReal-time PCRプローブ等が必要となる。次年度使用額の資金を使用することで、複数の抗体を用いた定量的分析、タンパク‐タンパク相互作用の分析、実際の乳癌組織を用いた免疫組織化学染色の実験をスムーズに進めることができると考えている。
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