研究課題/領域番号 |
20K16182
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研究機関 | 愛知医科大学 |
研究代表者 |
陸 美穂 愛知医科大学, 医学部, 助教 (50762390)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 乳癌 / 上皮間葉転換 / 核タンパク |
研究実績の概要 |
本研究は、新規転写抑制因子teashirt homolog 2 (以下TSHZ2)の乳癌における機能解析と臨床的意義の解明を目的として進めている。今年度はまず、正常乳腺上皮細胞株および乳癌細胞株のTSHZ2遺伝子ノックアウト細胞株を樹立した。TSHZ2遺伝子のノックアウトによって、乳癌細胞株は形態変化が見られなかったのに対し、正常乳腺上皮細胞株では間葉系細胞様形態への変化がみられた。更に正常乳腺細胞株では、腺管様構造を作りながら島状に増殖する形態から、悪性増殖形態に類似した、シート状あるいは充実性の増殖を示すパターンに変化した。今後はこの形態変化の背景にある、上皮間葉転換関連転写因子およびその誘導因子や、その他の遺伝子発現の変化を明らかにする予定である。 上記の検討と並行して、当初より計画していた臨床病理学的特徴との関連解析に向け、乳癌を中心とした乳腺腫瘍とコントロール用正常乳腺の臨床検体を収集している。更に症例数を増やすため、当大学での検体に加え、外部施設で行われた乳腺腫瘍手術検体の提供を受ける計画を進めている。 以上の実績に加え、乳癌で発現が低下している遺伝子としてTSHZ2と同時に同定されたFAM189A2について、これまで機能が全く不明であったが、乳癌悪性化に重要な因子CXCR4の機能異常を引き起こす機構を解明した。そして、乳癌の無再発生存期間に強く関与する遺伝子としてENTREPと命名した(Tsunoda T and Riku M et al. EMBO Rep. 2021)。また、TSHZ2は中枢神経系の分野でも発生において重要な役割を担う核タンパクの一つとされているが、申請者は神経疾患における核タンパクの機能異常に関わる研究でも成果を挙げることがことができた(Riku Y and Riku M et al. Brain 2022) 。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度の成果の一つとして、CRISPR-Cas9システムを用いた正常乳腺上皮細胞株および乳癌細胞株のTSHZ2遺伝子ノックアウト細胞株を樹立できた。siRNAによるノックダウン実験と異なり、TSHZ2遺伝子の転写産物をアイソフォームを含め全て消失させることができる。この細胞を用いることにより、TSHZ2が細胞に与える変化を正確に観察することが可能となった。この細胞を用いた浸潤・遊走能アッセイ、細胞増殖能の解析、それと併せた遺伝子発現解析を行うことにより、形質変化を裏付ける分子病態の変化をより確実に捉えることができる。 さらに、TSHZ2と臨床病理学的特徴との解析において、臨床検体を当初の計画より多く収集することを予定している。外部施設が有する乳腺腫瘍検体の提供を受けるための倫理申請を進めており、それによって予定の倍以上の症例数を用いた解析が可能となる。乳癌は細胞間、組織間での不均一性が強い癌であり、治療選択に基づいたサブタイプ分類だけでも大きく4つに分かれている。従って、多数の症例での解析を行うことが、説得力のある解析結果を出すことに必要となり、今回それを実現させることが可能となる。 以上に加え、乳癌で発現が低下している遺伝子ENTREP(FAM189A2)の機能解析の中で、翻訳後修飾の検討実験を行った。TSHZ2の機能にもリン酸化などといった翻訳後修飾が関連していると考えており、その解析の基盤となる実験系を確立することができた。また、神経疾患における核タンパクの機能異常の研究に関わる中で、動物細胞から細胞質と核を分離して目的の解析を行う実験系を樹立した。今後この系を同じ核タンパクであるTSHZ2の解析にも応用することができる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の計画として、まず正常乳腺上皮細胞株および乳癌細胞株のTSHZ2遺伝子ノックアウト細胞株を用いた浸潤能、遊走能、細胞増殖能の解析、それらの形質変化の背景にある遺伝子発現変化の解析を行う。その際、TSHZ2にはアイソフォームが複数あるが、それらの各アイソフォームそれぞれをTSHZ2遺伝子ノックアウト細胞株に発現させ、TSHZ2アイソフォーム間での機能や結合分子の違いについても検討する。正常と癌の二種類の培養細胞株を用いることにより、正常乳腺上皮細胞株の形質変化は上皮の腫瘍化の段階、乳癌細胞株の形質変化は癌細胞の悪性度の増加や進展の局面でのTSHZ2の意義を明らかにできる。 加えて、臨床検体を用いた解析を進める。TSHZ2およびTSHZ2が制御する癌関連因子に対する抗体を用い、臨床病理学的特徴との関連を免疫組織化学染色により解析する。そのため、乳癌を中心とした乳腺腫瘍とコントロール用正常乳腺の臨床検体の収集を進めると同時に、免疫染色の条件検討を行い、それぞれの抗体を用いた実験系を確立する。臨床病理学的特徴の解析は、主に「早期乳癌の診断」と「進行癌の予後予測」の二つの点から解析を行う。早期乳癌の診断には病理医の中でも意見の分かれる症例が多い。正常乳腺上皮培養細胞株の解析から見出された結果を、正常乳腺上皮と良性乳管内増殖性病変、悪性乳管内増殖性病変(早期乳癌)を客観的に判断できるバイオマーカーとして提唱することを目指す。また、乳癌培養細胞株での解析結果は、進行癌の症例での免疫染色で臨床的意義の検索を行う。TSHZ2の発現と無再発生存率に相関があることはすでにmRNAレベルで明らかになっており、TSHZ2またはTSHZ2が制御する癌関連因子による予後予測、治療方針の決定に活用できる免疫染色パネルを作成する。
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次年度使用額が生じた理由 |
TSHZ2を低下させて形質変化を解析する実験として、当初はsiRNAを用いたノックダウン実験を行う予定であったが、正常乳腺上皮細胞株ではノックダウンの効率が比較的低く、CRISPR-Cas9システムを用いた遺伝子ノックアウト細胞株を樹立する方針とした。そのため、ノックアウト細胞株の樹立のために必要な期間が生じ、遺伝子発現変化の網羅的解析を次年度に行うこととした。それに加え、悪性形質の変化を評価するアッセイのための試薬やプラスチック培養関連製品を使用する予定である。 更に、次年度の臨床検体を用いた解析では、免疫組織化学染色を行うためにTSHZ2およびTSHZ2が制御する癌関連因子の抗体が複数個必要となる。当初より計画していた大学病院での症例に加え、更に症例数を追加するために、外部組織での乳腺腫瘍症例のパラフィンブロック切片を用いた免疫染色実験を行う予定としている。従って、免疫染色に適したコーティングスライドガラスがより多く必要となる。これらを用いた解析から、「早期乳癌の簡便かつ確実な病理診断」と「進行癌の予後予測」の二つの点において、実際の臨床現場で活用できるバイオマーカーとしてTSHZ2およびTSHZ2制御癌関連因子の提唱を目標とする。
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