状況に応じて適切な行動を選択することは、私たちが豊かな生活を送るうえで欠かせない。申請者はこれまでに、眼窩前頭皮質が行動決定を行う上で重要な役割を担っていることを明らかにしてきた。本研究では眼窩前頭皮質―尾状核の神経回路に着目し、化学遺伝学的手法を用いて当該経路の活動を操作することで動物の行動選択に与える影響を調べることを目的とした。 実験ではニホンザルに簡単な行動選択課題を行わせた。この課題は、報酬の価値が異なる複数の条件で構成されており、サルは試行ごとに、その試行を遂行して報酬を得るか、あるいは報酬をあきらめてすぐに次の試行に移るかを選択しなければならない。化学遺伝学的手法であるDesigner Receptor Exclusively Activated by Designer Drugs (DREADD)技術をサルに導入し、眼窩前頭皮質―尾状核の活動を人為的に抑制した際に上記の課題の選択傾向が変化するかどうかを調査した。 3頭のサルに上記の課題の訓練をし、手術により両側の尾状核に逆行性ウイルスベクターを用いて抑制性DREADDを導入した。ウイルス注入位置は造影剤としてマンガン溶液を同時に注入し、MRIにより確認した。DREADD発現後、選択的リガンドであるDCZを全身投与しサルの選択行動をコントロール条件と比較したところ、報酬価値の低い条件の試行においてサルがより課題を遂行するようになるという結果が得られた。しかしながら、尾状核に神経投射のある眼窩前頭皮質の小領域にDCZの局所注入を行い眼窩前頭皮質―尾状核経路の活動のみを選択的に抑制したが、コントロール条件との間には大きな違いは見られなかった。この結果より、尾状核および尾状核へ投射している神経回路は行動決定に関わる報酬の価値の処理に関わっているが、それには眼窩前頭皮質―尾状核経路以外の神経経路が重要な役割を果たしている可能性が示唆された。
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