研究実績の概要 |
幼少期の経験は神経回路の成熟を左右し、その回路機能の破綻は疾患の発症に関与すると考えられる。回路機能が破綻する機序を明らかにし、治療の基礎を築く意義は大きい。幼少期にストレスを受けたマウスでは、情動を司る外側手綱核(Lateral Habenula:LHb)においてParvalbumin(PV)陽性細胞が少なく、成長後の神経細胞活動の反応(Zif268/Egr1陽性細胞)が大きく、不安とうつ様行動を呈した。本研究では、幼少期経験に依存して数が変化するPV陽性細胞と反応が変化するZif268/Egr1陽性細胞の神経伝達物質を同定し、これらの神経細胞のストレス情報処理回路における役割を明らかにした。LHbのPV陽性神経細胞とZif268/Egr1陽性細胞を免疫染色で同定し,in-situ hybridization chain reaction (HCR)法を用いて,グルタミントランスポーター(VGLUT1, VGLUT2, VGLUT3), GABAトランスポーター(VGAT), GABA合成酵素 (GAD1, GAD2)の有無を検討した.その結果,LHbのPV陽性細胞の70%がVGLUT2陽性で,3%がGAD2陽性で,その他のマーカーは陰性であった.LHbのZif268/Egr1陽性細胞は50%がVGLUT2陽性細胞で,その他のマーカーは陰性であった.また,アドレナリン,ノルアドレナリンとドパミン合成酵素のチロシンヒドロキシラーゼはLHbでは観察されなかった.PV陽性細胞の70%が興奮性のグルタミン作動性神経細胞であるが,GABA合成酵素を含む抑制性神経細胞がわずかに含まれていた.Zif268/Egr1陽性細胞の50% は興奮性のグルタミン作動性神経細胞であった.今まで,PV陽生神経細胞はGABA作動性の抑制性神経細胞であるという定説があったが,それを覆す結果が得られた.
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今後の研究の推進方策 |
①PV陽性神経細胞とZif268/Egr1陽性細胞の神経伝達物質:HCR法によるグルタミントランスポーター(VGLUT1, VGLUT2, VGLUT3), GABAトランスポーター(VGAT), GABA合成酵素 (GAD1, GAD2)の検討を継続する. HCR法でGAT-1を染色し,PV陽性細胞が外部からGABAを取り込む可能性を検討する. ②LHbのPV陽性神経細胞がモノアミン系に与える効果:今までの研究で生後10-20日に繰り返し幼少期ストレスが与えられたマウスではLHbのPV陽性神経細胞が少なく,不安とうつ様行動を呈した.モノアミン系の不足が不安やうつに関与することから,LHbのPV陽性神経細胞の減少は,モノアミン系の不足につながるという仮説が立てられる.光遺伝学的にPV陽性神経細胞を抑制した後,最初期遺伝子(c-FosとZif268/Egr1)によって,LHbの興奮性神経細胞, モノアミン系のセロトニン作動性神経細胞,ドパミン作動性神経細胞, GABA作動性神経細胞の活動性を評価し, PV陽性神経細胞がモノアミン系に及ぼす効果を検討する. ③LHbのPV陽性神経細胞が行動に及ぼす効果:光遺伝学的にLHbのPV陽性神経細胞を抑制した状態で,行動実験を行い,PV陽性神経細胞が行動に及ぼす効果を明らかにする.不安様行動を,オープンフィールドテスト,高架式十字迷路で,うつ様行動を尾懸垂行動,強制水泳試験で検討する.総測定時間の4分の1程度の時間でPV陽性神経細胞の抑制,非抑制を切り替えて,行動を比較し検討する.
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